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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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告げられた展開

 その口調は一切の誇張も興奮もなく、まるで茶をすするように静かだった。ただの出来事として語るその声は、場の空気をわずかに変えるほど、淡々と、そして重かった。


「ちなみに、もう一隻はギルドに売りました。で――何が言いたいかと言いますと……」


 そこで、ノーブルがクロの目の前に手を当てる。


「わかった。ちょうど前回の件で精査中だったからな。もう少し深くまで潜らせてもらう。それと……その船、返せないか?」


「返せませんし、返しません」


 クロは一切の迷いなく言い切った。ノーブルはため息をひとつ、吐き出す。その様子を見ていたアヤコが、ふと首をかしげる。


「ノーブル姉さんって……軍関係のお仕事なんです?」


 その問いに、ノーブルは頷いた。


「そうだ。これでも一応、かなり偉い立場にいる。何かあれば、頼ってもらって構わない」


 その言葉に、アヤコの目がぱっと輝いた。


「じゃあ、クォンタム社の最新型量子シールド――買えたりしません? ランドセルの防御力、上げたくて!」


「ダメだ」


 満面の笑みで即答され、アヤコはあからさまに肩を落とす。ノーブルはその様子に苦笑しつつ、端末を操作して何やら指示を飛ばす。


「……クォンタム社内に裏取引の可能性あり。ついでに、軍の内部にもメスを入れ直しかな」


 ぽつりと呟き、湯呑を持ち上げ緑茶を一口すする。


「そう言えば――ノーブルさんは、どうしてこのオンリーワンに?」


 クロが烏龍茶を手にしながら問うと、ノーブルはクロの注文したゴマ団子に目をやる。


「ゴマ団子、ひとつもらう。……簡単に言えば、今クロが話した件だ。横流し品の有無を調査するための、事前の確認だよ」


 団子を一口かじる。その表情が一瞬、柔らいだ。


「美味いな。まあ、ここで摘発はできないけど――本国に戻った時に備えて、下調べってやつだ」


「ちなみに……それ、見つけたら買っても大丈夫なんですか?」


 アヤコのすがるような視線に、ノーブルは肩をすくめて苦笑した。


「買っても――この場所では問題にならない。本来は軍機だが、ここは帝国領じゃない。“オンリーワン”は自治を認められた特異区域だからな。店の取り扱いが帝国法に準拠していても、取り締まる強制力までは及ばない。せいぜい“注意”止まりだ」


 少しだけ声を落とし、静かに念を押す。


「ただし――やり過ぎは、厳禁だ。何事にも“度”ってものがある」


「クロ、探しに行こう!ノーブル姉さんに買われる前に!」


 目を輝かせてアヤコが立ち上がろうとすると、ノーブルはあきれたように肩をすくめた。


「いや、私は見てチェックするだけで――買わないけど?」


 その言葉にアヤコはむくれたように頬を膨らませ、クロはくすりと笑う。ノーブルもつられるように微笑み、卓上には一瞬、穏やかな空気が流れた。


 湯呑に口をつけ、お茶の余韻を味わいながら、それぞれが好きなお菓子に箸やスプーンを伸ばす。ささやかな音と、たわいない会話が続く。心地よい静けさとともに、卓を囲む時間は少しずつ終わりに近づいていた。立ち上がる気配、端末を仕舞う仕草、茶器をまとめ始める動き――どこか“解散”を感じさせる雰囲気が流れた、まさにそのとき。


「最後に、クロ」


 ノーブルがふと声をかけた。その声音には先ほどまでの和らぎはなく、冷静でありながら鋭さを孕んだ色が混ざっていた。クロも即座に応じ、視線を正面に戻す。


「今、フロティアン軍の一部が――国境線の近くに展開している」


 その一言で、場の空気が一変した。わずかな温もりを残していた空間に、緊張が走る。アヤコも動きを止め、ノーブルの言葉に耳を傾ける。


「さすがにオンリーワンに対して、あからさまな侵攻を仕掛けるとは思えない。だが――集結している規模が、あまりにも異常だ。正直、進軍の数としか見えない」


「……それなら、こちらで動いておきます」


 クロは、あくまで何気ない調子でそう言った。湯呑を手にしながら、まるで天気の話でもするかのような穏やかさで。


 ノーブルとアヤコは、顔を見合わせるようにしてクロを見た。視線には困惑と、かすかな不安が滲んでいた。


「どうするつもりなの……?」


「私は、動きません」


 クロは静かにそう言ってから、湯呑を卓に戻し、わずかに目を細めた。


「……でも、もしかしたら“世界最高の賞金首”が、どこからか現れるかもしれませんね」


 何気ないようでいて、その言葉には強烈な圧がこもっていた。


「まあ、手を出しさえしなければ――安心ですよ。ええ、“手を出しさえしなければ”」


 にこりともせず、ただ淡々と。けれど、その声音には揺るがぬ確信と、誰も抗えない力の匂いがあった。


 クロ――バハムート本体。その不敵な宣言に、アヤコとノーブルは思わず顔を見合わせた。

 理性が否定しても、心は告げていた。


 ……心配すべきは、この場ではなく――フロティアン軍のほうかもしれない、と。

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