登録完了、家族割と最強種の少女
最初に作業を終えたのは、シゲルだった。
「クロ。全部、片付いたぞ」
彼は椅子に寄りかかりながら、軽く息を吐く。
「お前の身分は“遠縁の親戚の子”ってことにしておいた。両親はすでに他界、頼れる身内もおらず、たらい回しの末に俺が見かねて引き取った――そういう設定だ」
その口調には、事務的な乾きと、わずかな悪戯心が混じっている。
「これで俺は、“可哀そうな子供を救った優しいオジサン”ってことで株も上がるし、一石二鳥だろ?」
口角をわずかに上げて、シゲルは肩をすくめる。そして真顔に戻ると、言葉に重みを乗せて続けた。
「クロ。これでお前は正式に――我が家の一員だ。これからは“クロ・レッドライン”を名乗れ。それが、お前の新しい名前だ」
クロ・レッドライン――それが、自分の新しい名前。
クロはその響きを口の中で繰り返し、ほんの少し笑みを浮かべた。ただの“呼称”だったはずの名前に、確かな意味と居場所が加わったような気がして。
そんな空気を切り裂くように、元気な声が飛び込んでくる。
「はーい、じゃあ次は私の番ね!」
アヤコが両手を広げ、完成した端末を掲げながら満面の笑顔を見せる。
「名付けて――《クロスペシャル》、完成っ♪」
そのテンションにクロが目を瞬かせる間もなく、アヤコは早口で説明を続けた。
「機体IDの組み込みはバッチリ、疑似コックピットアプリも動作確認済み! それから――ふふ、内緒で追加しといた隠し装備もあるんだよね~」
クロがわずかに眉を動かすと、アヤコは得意げに続ける。
「端末に超小型ドローンを2機搭載してるの。音はほとんどしないし、カメラも高性能。壁に貼りついて監視とかもできる優れモノなんだ♪ 依頼で使える場面も多いと思うよ~?」
そこでぐいっと指を立てて、にこりと笑った。
「もちろん――追加料金はしっかりいただきま~す♪ “家族割”はあるけどね?」
新しく手渡された端末を、クロはじっと見つめた。その精巧さに、思わず驚きを隠せない。
サイズこそ、わずかに厚みが増している程度。だが裏面には、極小のドローンが二機――無駄のない収納設計で、ぴたりと格納されていた。
全体の加工精度。素材の統一感。触れたときの反応速度。
(……技術力、異常に高いな)
内心でそう呟いたとき、ふと画面に通知が現れる。
表示されたのは――請求書データ。そこには、はっきりとこう書かれていた。
《家族割適用:2,500万C》
しばし無言。
「……500万は、どこから?」
静かに問いかけるクロの視線に、アヤコは悪びれもせずニコッと笑った。
「えっとね、まず――ドローンの導入に伴って内部装置を“最新式”に一新してあるの。それから、耐久性を高めるために端末の外装もフルカスタム。それとね、じいちゃんの物語を活かすための“物語設定プラン”も盛り込んでるの♪」
アヤコは指を一本ずつ折りながら、満面の笑みでさらりと説明していく。
最後にはぴしっと指を立てて、勢いよく締めくくった。
「ね? お得でしょ!」
「…………そういうことにしておきます」
クロが小さく肩をすくめながらも、なぜか苦笑を浮かべた。
そして、懐から小さな箱を取り出し、すっとアヤコに差し出す。
「では、私からはこちらを」
「え……指輪?」
アヤコが目を丸くして箱を開ける。中には美しい金属製の指輪が一つ。ただし――サイズが、明らかに大きい。
「え、ありがたいんだけど……サイズが……」
「問題ありません。装着すれば自動でフィットします」
そう言いながら、クロはふっと小さく笑みを浮かべる。
「本来ならミスリルで彫るべきでしたが……この金属でも、なんとか呪印を刻めましたので」
「じゅ、呪印!?」
シゲルの鋭い声が店内に響く。思わずアヤコも手を止めた。
クロは静かに頷く。
「はい。“私の庇護”の証です。もし何か命の危険が迫ったとき――その指輪に“助けて”と願ってください。私が現れます」
沈黙が流れた。
そして、ため息まじりにシゲルが呟く。
「……呪いの規模っていうか……それ、もう“祝福”じゃねえか。怖いけどありがてえな……」
指輪をそっと握るアヤコの手のひらに、ほんの少しだけ、温かな光が滲んでいた。
「では、登録を済ませて――一狩り、行ってきます」
そう言ってクロは端末を手に立ち上がる。
「しばらくの間、このドックを使わせてもらっても?」
「もちろん、いいよ~! ついでに使用料、ちょっと“追加”しておくね♪」
アヤコが無邪気に笑った瞬間、シゲルの拳が容赦なく彼女の頭上に振り落とされた。
「がめつすぎんだよ、お前は! クロ、気にするな。指輪の礼ってことで――好きに使え」
「ありがとうございます」
そう答えたクロに、シゲルがふと思い出したように尋ねる。
「鍵とか、何か必要か?」
「いえ。転移が可能です。場所さえ固定されていれば、問題ありません」
「……転移!? そんなことまでできるの!?」
アヤコが思わず振り返る。クロはあっさりと頷いた。
「できなければ――指輪を渡す意味がないでしょう?」
その一言に、アヤコとシゲルは再び言葉を失う。だがすぐに、アヤコが苦笑まじりにぼそりと呟いた。
「やっぱり……化け物だわ」
クロは何も言わずに微笑むだけだった。
そして軽く一礼すると、静かに言葉を残して姿を消す。
「では――一週間後に、また」
空間がわずかに揺らぎ、気配ごとスッと消える。
「……消えた」
呆然と見送ったまま、アヤコがそっと指輪を見つめる。
「ねえ、じいちゃん。これ……どうすればいいの?」
シゲルは工具を片付けながら、ちらりと振り返る。
「はめておけ。ただし右手にしろ。左の薬指だけはやめとけ」
「……考えすぎだよ。それって、結婚指輪の話じゃん」
アヤコが苦笑しながら口をとがらせる。それでも、どこか嬉しそうに指輪をつけてみせた。
その瞬間――
「すみません。登録って……どうやるんですか?」
突然、背後から聞き慣れた声が響いた。
「…………え?」
アヤコとシゲルが同時に振り返る。
そこには、さっき消えたはずのクロが、まったく悪びれる様子もなく立っていた。
「機体IDと名前の登録方法、確認しておこうと思いまして」
無表情なまま淡々と説明するクロに、シゲルは頭を抱え、叫んだ。
「……お前なあ! 台無しだろうが! 今の流れが最高だったのに!」
アヤコはふふっと吹き出しながら、端末を手に取る。
「まあまあ、いいじゃん。ちゃんとやってあげようよ」
「すみません……」
どこか反省したように謝るクロの姿に、店にはまた、あたたかな笑いが戻っていた。