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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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異国の香りと静かな敬意

 顔を真っ赤に染めたアヤコを引き連れ、三人は異国情緒あふれる店の中へと入っていく。店内には、物珍しげに品物を眺める客たちと、販売と飲食が兼ねられた賑やかなスペースが広がっていた。


 ふとアヤコが、興味津々といった様子で――中央に装飾的な切れ込みを持ち、太ももまで大胆に開いたスリットが施された、艶やかな民族調ユニフォームに身を包んだ獣人の店員を見つめる。


「うーん……かわいい。あの尻尾、ちょっと撫でてみたいかも」


 小さく囁いたアヤコに、ノーブルが視線で止めるように応じた。


「ダメよ。勝手に触れるのはセクハラになるわ」


 そう言ってノーブルが指さした先には、注意書きが掲げられていた。そこには、はっきりとこう記されている。


 ――耳や尻尾には許可なく触れないこと。獣人族では、これはセクハラ行為に該当します――


「……そっか、ダメなんだね」


 アヤコは目を丸くしながら、少しバツが悪そうに頷いた。ノーブルは改めて穏やかな声で補足する。


「それぞれの国には、文化や法律がある。このマーケットでは、店内に限ってその国の法に従って裁かれるのよ」


 そう説明しながら、ノーブルは空いていたテーブル席へと腰を下ろす。


「だから、各商店に入るときは気をつけてね」


「はいっ。でも……詳しいんですね、ノーブルおばさん」


 無邪気な笑みでそう口にしたアヤコだったが――次の瞬間、ノーブルの動きがぴたりと止まる。ゆっくりと顔を向けたその表情は、笑ってはいるものの目がまったく笑っていなかった。


「……私は、まだ二十歳なの。お・ば・さ・ん、は――ね?」


 最後の一言にだけ、ぐっと力がこもる。アヤコは一瞬でやらかしたことを悟り、全力で笑顔を取り繕った。


「そ、そうですよね! ノーブル“姉さん”!」


「そう。それでいいわよ」


 ノーブルはようやく満足そうに微笑み、椅子の背にもたれて視線を巡らせた。そこへ、犬のような耳を持つ獣人の女性店員がトレイを片手に近づいてくる。


「いらっしゃいませ。こちら、メニューです」


 丁寧な口調でそう言いながら、人数分のメニューをテーブルに置いていく。だがその際――彼女の視線が、ちらりとクロに注がれた。それはただの視線ではなかった。まるで、何かを“知っている”かのような――尊敬と畏怖が入り混じった、静かな敬意のまなざし。クロは一瞬だけ首をかしげるが、何も言わずに視線を落としてメニューを開いた。そこには、緑茶・ほうじ茶・紅茶といった各種茶葉系ドリンクに加え、杏仁豆腐や紅茶ゼリーなど、甘味中心のデザートがいくつも記載されていた。


「今回は……お茶とデザートなんだな」


 ページを眺めながら、クロがぽつりと呟く。その言葉に、ノーブルが顔を上げ、静かに微笑む。


「“今回は”と言ったわね? ええ、前回は違ったのよ」


 そう言って、ノーブルは指でメニューを軽く叩いた。


「前回は、この国の郷土料理を中心にね。調理用データと、それに対応した加熱プレートや調味ゼリーのセットが販売されていたわ。今回は、お茶とデザートが中心みたい。しかも珍しく、真空パックの茶葉まであるの」


「茶葉……!」


 その言葉に、アヤコの目が輝く。


「すごい……本物の茶葉なんですね? 私、お茶もコーヒーも、ちゃんと茶葉や豆から淹れるのが好きなんです。でも高くて、普段は粉末かインスタントで……」


 そう言いながら、アヤコはメニューではなく、店の一角にある商品棚に目を留めた。そこには、香り高い茶葉が丁寧に封入された真空パックと、異国風の意匠を施した茶器の数々が整然と並んでいた。アヤコがその棚に見とれていると、ノーブルが微笑みながら問いかける。


「――決まったかしら?」


 その声にハッとして、アヤコはあわててメニューへと視線を戻す。ページをめくりながら、一番に目を引いた組み合わせを指さす。


「えっと……高狼紅茶と、ウサビーツソースの杏仁豆腐で!」


 その声には、ちょっとした興奮と高揚が混じっていた。続いてクロが静かに口を開く。


「私は……緑龍烏龍茶と、土龍ゴマ団子にします」


 その声はどこか懐かしさを帯びていて、瞳は遠くを見つめているようだった。


「私は――そうね、高狼緑茶と、高狼紅茶のゼリーにしましょう」


 ノーブルがさらりと迷わず選び告げると、席の横に控えていた店員を軽く手で呼び寄せた。


「すみません、注文をお願いします」


 彼女の言葉に店員が丁寧に頷き、素早くメニューを回収する。だがその手元とは対照的に――その視線だけは、再びクロに向けられていた。やはり、そこにはどこか特別な“敬意”が宿っている。クロ自身はその視線を特に気にする様子もなく、茶器の棚へとちらりと目をやっただけだった。


 やがて店員は足早に奥へと戻り、厨房のほうからは控えめな機械音が聞こえ始める。調理器の構成音、茶器を準備する音、お湯を沸かす蒸気の放出音、店内の喧騒がゆるやかに重なり、この異国の空間に心地よい静けさをもたらしていた。

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