死神と呼ばれた一手、技術者の夢と街の正義
彼の言葉は、アヤコの中に眠る“技術者の魂”を、確かに刺激していた。
アヤコは店内を見て回り、最初に手に取った万能ドライバーと、体に装着して脳波を感知し手と同じ動きをする――予定だった、ツインアームシステムを選んだ。
「…………まいど」
レジの前で店主がそう呟く。
「説明以外、ほんとに喋らないんだなあ……」
アヤコは苦笑いを浮かべながら店を出た。
クロは最後に軽く一礼してから外へ出ようとした――そのとき、背後で店主が、ほんのわずかに口角を上げたような気がした。
けれど、すでにアヤコが歩き出していたため、クロはそのまま彼女の後を追うことにした。
「……カモられてません?」
クロの問いかけに、アヤコは目を輝かせたまま言い返す。
「いやいや、そんなわけないじゃん! 絶対完成させてやるんだから!」
その勢いに、クロはわずかに肩をすくめて笑う。
「成功することを祈っておきます」
「うん!」
そして、店巡りは再び始まった。
「珍しい物ばかりだね」
「はい」
二人は肩を並べて通路を進んでいく。
そのときだった。
クロが、何の前触れもなく前方の男の腕をつかみ、そのままひねり上げて地面にねじ伏せた。
「あがっ!? なにしやがるッ!」
「クロ!?」
アヤコの驚きの声に、周囲の視線が一気に集中する。
子供の姿をした少女が、成人男性の腕を極めて地面に叩きつけている――その異質な光景に、場の空気がざわめいた。
だが誰も離れようとはせず、むしろ“何か起こるかもしれない”という興味の目で、状況を見守っていた。
男は地面にねじ伏せられたまま、もがきながら苦悶の声を上げた。
だが、クロは微動だにせず、冷ややかな声でアヤコに問いかける。
「お姉ちゃん。端末――あります?」
「えっ……?」
アヤコは慌ててポケットを探り、その手がぴたりと止まる。
目が大きく見開かれ、顔から血の気が引いていく。
「……ない」
その言葉に、クロは男の背中にわずかに重みをかけた。
「スりましたね」
「な、何をだ! 離せ、このガキ!」
男が必死に言い逃れを叫んだ次の瞬間――
クロは無言のまま、腰からビームソードを引き抜いた。
青白い刃が“音もなく”展開され、その刃先が男の鼻先に一気に突き立てられる。
ピタ、と止まった刃先は皮膚を焼かない寸前で静止していたが、周囲には一瞬で悲鳴と歓声が巻き起こった。
声なき静寂が一拍、会場全体を包む。
「おかしいですね。私の声が聞こえないのでしょうか?」
クロの声は相変わらず低く穏やかだった。だがその言葉に、寒気のようなものが背筋を撫でる。
今度は、刃が男の耳元へとゆっくりと動かされる。
ビームの収束音が至近距離でバチバチと弾けるように鳴り、男の耳を震わせた。
「聞こえない耳なんて――要りませんよね?」
その瞬間、男の背筋が跳ね上がる。
クロの顔は、前髪と影に隠れて外からは見えなかった。
だが、押さえつけられた男の目にははっきりと映っていた。
(し、死神――!?)
錯覚だった。だが、そう思わざるを得なかった。
そこにあったのは、怒りでも、憎しみでも、軽蔑ですらない。
ただ、命に対する興味が一切存在しない“無の顔”。
男の存在が、生きていようが死んでいようがどうでもいい――そう言っているかのような、空虚な眼差しだった。
クロは目を細め、わずかに息を吸う――
「聞こえますか?」
その一言が、刃より鋭く、男の鼓膜と神経を突き刺した。
場が凍りつくような沈黙の中――その空気を破る声が響いた。
「クロ。その辺で止めてくれ」
群衆の中から、凛とした声と共に一人の女性が歩み出る。
赤い髪が短く揺れる。アヤコと同じ色だが、艶やかさと威厳を帯びた佇まいがまるで違っていた。
今日の彼女は、動きやすいシンプルなジャケットに、無駄のないラインのスマートなズボン――それでも、その立ち姿には気品が宿っていた。
ノーブルが、真っ直ぐクロへと視線を向ける。
「おや、ノーブルさん。昨日ぶりですね」
男を押さえつけたまま、クロは穏やかに振り向いた。
その態度に、ノーブルは深いため息を吐く。
「……今、警備隊を呼んだ。さすがに初日から血なまぐさい空気は遠慮してほしいんだが」
「了解しました。それでは――最後通告を」
クロは淡々と言い、ビームソードを滑らかに腰へ戻した。
そのまま、男の耳元に顔を寄せる。
声はささやきのように静かだったが、確実に男の全身を震わせる。
「最後です。死にたいのなら、偽りでも構いません――スりましたね?」
刃はない。だが、それ以上の殺気が声にこもっていた。
「ひぃぃ……はいぃぃ! ス、スリマシタァァァ~~~!」
男の悲鳴混じりの叫びが、群衆の中に反響する。
その瞬間、張り詰めていた場の空気が、音を立ててほどけた。
周囲からは歓声と拍手が巻き起こり、いつしかその場は――まるで祭りのような賑わいへと変わっていた。