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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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理解と警戒

 そして、彼はゆっくりと椅子から立ち上がると、肩越しにクロとクレアへ視線を送る。


「……よし、クロ。クレア。戻るぞ」


 その言葉にクロが小さく頷いたちょうどその時、ノーブルが椅子から半ば身を乗り出すようにして声を上げた。


「待て。シゲル、クロ。……もう少し話したいことがある」


 その声には、まだ聞き足りないという思いと、別れを惜しむ気配が混じっていた。


 だが、シゲルはあくまで軽く手を振りながら、いつもの調子で応じる。


「悪いな。そろそろ戻らねぇと、準備ができねぇんだよ。明日からだろ? マーケットは」


 そう言ってから、ちらとノーブルのほうを見やる。


「それに、しばらくはここに滞在する。話の続きなら、また店にでも来りゃいい」


 ノーブルはしばし沈黙し、それから小さく頷いた。


「……わかった。なら、明日にでも寄らせてもらう」


「早ぇな!」


 思わず口を突いて出たシゲルのツッコミに、ノーブルの肩がわずかに揺れる。


 場がわずかに緩んだその瞬間、オンリーが優雅に笑みを浮かべながら口を添えた。


「シゲルちゃん。また“招待”するわ。今度は茶菓子を増やしておくわね、クロちゃん」


 クロは軽く一礼を返し、シゲルの後を追って扉の方へと向かっていった。


 扉の前には、すでにトバラが控えていた。その立ち姿は、いつ見ても隙がない。まるで時間の流れさえ制御しているかのような佇まいだ。彼はクロたちが近づくより一瞬早く、重厚な扉を静かに開けてみせる。


「……トバラ、いつも悪いな。それと――例の酒、手に入れといた。いつでも来いよ」


 何気なく言ったシゲルの言葉に、トバラの目がわずかに見開かれる。


「……ありがとうございます。期間中に、必ず伺わせていただきます」


 そのとき浮かんだ笑顔には、執事としての仮面を越えた“素”がわずかに覗いていた。完璧に整えられた物腰の中に、確かな“個人”としての喜び――それは、嗜好家の顔だった。


 クロとクレアはそんなトバラに軽く一礼し、無言のままその隙間を抜けて廊下を進む。そして、待機していたエレベーターに乗り込むと、扉が滑らかに閉じる。


 密室となった静かな空間で、クロがふと口を開いた。


「……今回だけですよ。まったく――“引きこもり”だの、好き放題言ってくれましたね」


 言葉の端に、ほんのわずかに含まれた棘と照れ。それは怒りではない、だが明らかな“抗議”だった。


 シゲルは横目でクロを見やり、いつものようにニヤリと笑う。


「おう。だから言ったろ? “飛び込むことを知れ”ってな」


「――ええ。命懸けで言ってくれましたからね」


 クロの声は淡々としていたが、その響きは明らかに“本気”だった。その一言に、シゲルは思わず肩をすくめ、額にうっすらと冷や汗を浮かべる。


「……大丈夫! わかった! 次回からはちゃんと確認するって。俺だって、流石に肝を冷やしたんだからな」


 弁解めいた言葉に、クロはくすっと小さく笑う。


「今回は……驚きの連続への“お礼”みたいなものですよ」


 その言葉に、シゲルは苦笑いを浮かべる。だが、すぐにクロは話題を変えるように、真顔で問いかけた。


「お父さん――オンリーワン。あの方は……恐ろしいと思います」


 エレベーターの微かな駆動音だけが、密閉された空間に静かに響く。その中で、シゲルはわずかに顔を引き締め、低く応じた。


「……わかるか」


「はい。まるで心の奥まで見透かされているようでした。あの人は、“人の本質”を見抜く目を持っている。暴くことにも、迷いがない」


 クロの目はどこか遠くを見つめるようだった。それは、ただの“強さ”ではない。存在そのものが揺るがぬ核心を持つ――そんな者と対峙した者にしか抱けない、敬意と本能的な警戒だった。


 シゲルはしばらく無言でその言葉を受け止め、それから静かに呟くように言った。


「……あいつはな。あれでいて、本気で誰かを“守ろう”としてる。だからこそ、あの眼は鋭いんだ」


 そう呟いたシゲルは、ふと天井を仰ぎ見る。


「――この場所そのものが、あいつにとって“守るべきもの”の器みてぇなもんだ」


「それを、“暴露”で揺るがそうとしたんですね」


 クロの声がすかさず重なった。その口調は静かだが、しっかりとした批判の棘が潜んでいる。その一言に、シゲルはばつが悪そうに頭をかく。


「……やめてくれ。刺さる」


 だがすぐに表情を引き締め、真顔で続けた。


「それでも……あの瞬間、オンリーは微笑んでいた。まるで“壊れない”と、見抜いていたような顔でな」


 クロもまた、その場面を思い返すように小さく頷く。


「ええ……本質を見抜いたうえで、なお動じなかった。あの人は――底が見えない」


「……やべぇな。俺、下手すりゃ小惑星ごと吹っ飛ばす引き金、引いてたかもしれねぇ」


 シゲルはため息まじりに呟く。


 そしてすかさず、クロが静かに、しかし容赦なく言い放った。


「そのときは仲良く巻き込まれて、あの世でオンリーワンさんに土下座しててください」


 その言葉に、シゲルは思わず苦笑をこぼす。


「……お前、言うことが重ぇよ」


「責任の重さ、ちゃんと味わってもらわないと」


 クロの視線は真っ直ぐだった。だがそこには怒りではなく――“理解してほしい”という、どこか淡い願いのようなものが滲んでいた。

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