違法家族、最強種の少女に居場所を
ドックを離れ、エアカーでジャンクショップへ戻る道中――
クロは後部座席でシートベルトを締め直しながら、ふと口を開いた。
「……ところで、先ほど“養子”と仰っていましたが。その件、ご家族にはどう説明するおつもりですか?」
その声は、先ほどまでの“戦神のごとき威容”からは想像できないほど、穏やかで丁寧だった。
運転席のシゲルが、思わず振り返る。
「……おい、口調が変わってるぞ?」
「この姿は少女です。この方が自然かと。それに最初に戻っただけですよ」
「うーん……ギャップがすごい……」
助手席のアヤコが思わず吹き出しながらも、妙に楽しそうな顔で言う。
そして、すぐに手をひらひらと振って続けた。
「家族の心配は要らないよ。うち、おばあちゃんとお父さんとお母さん、みんな亡くなってるから」
「……そうですか。軽率に訊いてしまって、申し訳ありませんでした」
「気にすんなって。アンタもいないんだろ、家族」
シゲルは前を向いたまま、ふっと肩をすくめるように呟いた。
「じゃあもう、俺のことは“父さん”でいいぞ。どうせ書類上はそうなるしな」
「なら私は“お姉ちゃん”ね!」
アヤコがすかさず声を弾ませる。軽やかなやり取りに笑いが生まれかけたその瞬間――
「……すごいですね」
後部座席から響いたクロの声に、ふたりの動きがぴたりと止まる。
クロは静かに、真顔で言葉を継いだ。
「最強種バハムートの“お父さん”と“お姉さん”ですか。……ずいぶん、勇気がありますね」
一拍、沈黙。
そしてアヤコが、思わず吹き出した。
「もう! 真顔で言わないでよ、そういうの!」
シゲルも小さく苦笑しながら、前を見据えたままつぶやいた。
「……今さら怖がっても遅いしな。乗った船は、最後まで漕ぐだけさ。それに――親父も違法市民だったしな。今さらだ」
シゲルがぼそりと付け加えると、助手席のアヤコが思わずシゲルの方を向いた。
「えっ、ひいじいちゃんって……そうだったの!?」
「言ってなかったか? もともと別の星でやらかして、この辺境コロニーに逃げてきたんだよ。だから、“違法の戸籍”を作る技術も知ってた。俺もだいたいは引き継いでる」
「……うーん、今日一日で情報量がすごすぎる……しかも、まだ午前中なんだけど……」
そうぼやきながら、アヤコは頭を抱え――けれどその顔は、どこか楽しげに笑っていた。
「まさに“違法家族”ですね」
クロの真顔での一言に、アヤコが即座に叫ぶ。
「クロ~! それ言わないでぇぇ!」
その悲鳴にも似た声を背に、エアカーはゆるやかに店の前へと滑り込んだ。
ジャンクショップに戻ると、三人はさっそく持ち場へと動き出す。
「じゃ、俺は偽装戸籍の準備に入る。養子縁組書類も一緒に作るぞ」
「私はクロの端末いじるね。機体IDの組み込みに加えて、システム改造もいろいろ盛り込んじゃおっかな~」
アヤコがニヤリと笑う。明らかに悪ノリの気配を漂わせながら、工具箱を手にして端末を引き寄せた。
「もちろん――料金、上乗せで♪」
「それは構いませんが……できれば“家族割”でお願いできますか、お姉ちゃん」
「ぐっ……!」
アヤコが言葉を詰まらせ、ジト目でクロをにらむ。
「その呼び方……便利に使いすぎじゃない!?」
言いながらも、頬が緩んでいるのは否定できなかった。
笑い声と端末の起動音が重なり、ジャンクショップの空気には再び温かな賑わいが戻っていた。
その流れの中、クロがふと手を上げて言う。
「私も、作業場と――適当な金属片を少しいただけますか?」
手を止めたアヤコが振り返る。
「いいけど、どうするの?」
「……出来てからのお楽しみ、ということで」
そう言ってクロは店の片隅――工具や素材の山が積まれたスペースへと向かい、黙々と何かを組み始めた。
だが、ひとつだけ――決定的に違っていた。
工具を、使わない。
クロの手は、金属片を握り、撫で、折り、削り――すべてを“素手”で加工していた。まるで粘土でも扱うかのように、鋼鉄の板を無音のまま変形させていくその姿は、言葉にならない“異質な力”を見せつけていた。
ああ――これが、バハムート。
アヤコのシゲルも口には出さなかったが、その背中を見た二人は、心の中でそう思った。
そして数時間後。太陽灯が夕方の角度に入り、店内にオレンジの光が差し込みはじめる。
アヤコは端末に向かって最後のコードを打ち込み、シゲルはデータ書類の確認を終え、ファイナルサインを指でなぞる。
クロもまた、手のひらの上に収まるほどの小さな何かを、丁寧に布で拭っていた。
それぞれの作業が、静かに完了する。
三人がかりで進めてきた、最強種バハムートをひとりの少女・クロとして、そして、巨大な本体をロボットに設定し世界に立たせるための準備。
その最初の一歩が、今――形を持ちはじめていた。