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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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《唯一》の主、境界なき存在

 クロはその一言を合図に、シゲルの背中を追って扉を潜った。


 そして――驚愕する。


 そこに座っていたのは、ブラウンに輝く長く美しい髪を持つ人物。陶磁器のように滑らかで白い肌は光を受けてほんのりと発光し、全身に施された装飾や裁縫の細部に至るまで、磨き上げられた“美”そのものが具現化されていた。


 身にまとっているのは、ドレスのようなスーツ。気品と威厳を同居させたその衣装は、性別の枠を超えた存在にこそふさわしい――そう思わせるものだった。


 だが、それ以上に印象を突き刺してきたのは、“そこに在るだけで空気が変わる”ような異質な存在感。それは、生物か人工か、男か女かという定義すら曖昧にする、境界のない圧倒的な個――


 クロの視線に気づいたその人物は、軽く顎を引き、優雅な仕草で微笑んだ。


「ようこそ、シゲルちゃん。それに、小さなお嬢さんと、可愛いワンちゃん」


 声は不思議だった。男のように響き、女のように流れ、それでいて“どちらでもない”独特な音色。聴く者の感覚を曖昧にさせるその響きは、まさしく名の通りの存在を物語っていた。


「私は、《オンリーワン》――男でも女でもあって、そうではない。“唯一”の存在。それが、あたし。……よろしくね」


 優雅で、気品に満ちた口調。だが、そこに“演じている”気配は一切なかった。全てが自然体で、それでいて規格外。


 小惑星都市の驚きすらかき消すほどの衝撃に、クロは言葉を失っていた。


(……これが、“オンリーワン”)


 ただそこに“存在する”だけで空間の支配権が塗り替わるような異質な美と威圧感――クロの思考がその正体を理解しきる前に、肩を軽く叩かれる。


「ボケっとすんな」


 振り返ると、シゲルが呆れたように片眉を上げていた。


「あ……すみません。気を取られてました」


 我に返ったクロは、一歩前に出て姿勢を正す。


「クロです。そして、肩にいるのはクレア。どうぞよろしく、オンリーワンさん。――それと……お久しぶりです、ノーブルさん」


 クロの言葉に、ノーブルが軽く微笑を浮かべる。軍服とは違うフォーマルな装いの中にも、芯の強さは変わらず宿っていた。


「良かった。私のことも、ちゃんと見えていたようだな。まあ――オンリーの隣では、どうしても霞んでしまうがな」


 その言葉には、敵意も嫉妬もなかった。ただ淡々とした事実と、どこか少しだけ、柔らかな親しみが滲んでいた。


 シゲルは構わず部屋の奥へ進むと、勝手知った様子で重厚な椅子に腰を下ろし、足を組んでノーブルを見やった。その目には、どこか意地の悪い笑みが浮かんでいる。


「ノーブルって偽名を名乗ってるんだな。……皇女様。いや、ノーブルワール」


 その言葉に、ノーブルは眉ひとつ動かさず応じる。


「シゲルよ……お前、私に向かってずいぶん無礼だな。まあ……お前だから許すが」


 そう言ってから、ノーブルはゆっくりと立ち上がり、クロへと向き直る。


「改めて名乗ろう。――ゲイツ=クァントス帝国、継承権第十四席。ノーブルワール・ゲイツ。普段はノーブルで通している。名前がレッドラインとなっていたが……まさか、シゲルの“養子”だったとはな。想像もしていなかった」


「……いえ、大丈夫です」


 クロはやや緊張を滲ませながらも、まっすぐノーブルを見返し、静かにそう答えた。


 目の前の彼女――赤く切り揃えられたショートヘア。どこかシゲルやアヤコにも通じる面差し。鍛え上げられた引き締まった体躯には、気品あるフォーマルなドレススーツがよく似合っていた。以前の軍装とはまったく違う雰囲気だが、そこに宿る芯の強さは変わらなかった。


「お二人とも、どうぞおかけになって」


 オンリーが優雅に促す。


 そして、振り向きざまに一言――


「トバラ。シゲルちゃんとクロちゃんにお茶を。それと、クレアちゃんにはミルクをお願いね」


「かしこまりました」


 執事服に身を包んだトバラが、完璧な所作で一礼し、給仕の準備に向かう。


 クロは目でその後ろ姿を追いかけながら、促されるまま椅子に腰を下ろす。その様子に気づいたオンリーが、微笑を浮かべて問う。


「……そんなにトバラが気になる?」


「はい。身のこなしが……本当に見事で。見惚れてしまいました、オンリーワンさん」


「オンリーでいいのよ、クロちゃん」


 オンリーはくすくすと楽しげに笑いながら続ける。


「それにしても――シゲルちゃんが“養子”を取るなんて、本当に驚きだわ」


 視線を移したその先で、シゲルは堂々と腕を組み、むしろ得意げな顔をしていた。


「そんなに、俺が養子を取るってのが……おかしいか?」


 少し肩をすくめながら、シゲルが投げた言葉に、オンリーは悪びれもせずに微笑みを返す。


「ええ、とても。だって、あなたが“打算なく”誰かを引き取るなんて……到底思えないもの」


 言葉そのものは優雅だったが、内容は容赦がない。


 それでもシゲルは怒ることなく、苦笑いを浮かべて返した。


「そりゃ……信用ねぇな、まったく」


 その様子にノーブルがくすりと笑みを漏らすと、オンリーはふと表情を改め、視線をクロへと向ける。


 その目は、まるで一枚のカーテンを静かに開けて、中を覗くかのようだった。


「さて――あなたは誰?」


 その問いかけには、好奇心と興味、そして少しだけの試すような色が混じっていた。

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