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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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オンリーワンの主、そして次なる“核心”

 A-5ドックへの進入が完了し、ランドセルがゆっくりと静止する。機体の周囲でハッチが閉鎖され、気密が確保されると、ドック内に酸素が補充され始める。やがて艦外のインジケーターランプが赤から黄、そしてグリーンへと変わった。


 艦内でもその合図が伝えられると、ランドセルは自動的にMQEの出力を徐々に落とし、微細な振動と共に推進機関が沈黙した。その動作は滑らかで、長年の研究と開発の積み重ねが生んだ最新技術の結晶と言っても過言はない。


 ブリッジの椅子からゆっくりと立ち上がったシゲルは、背中を伸ばしながらひとつあくびを噛み殺し、軽く腕を振る。


「よし――ここからは各自、動くぞ」


 その声に、ブリッジの空気が一気に“仕事モード”に切り替わった。


「アヤコ、ドローンの展開と商品の搬入を頼む。場所は指定されてるはずだ。ドックのマーカーに沿って並べれば、後は向こうがやってくれる」


 アヤコは即座に頷き、パネル操作でランドセルの左舷・右舷カーゴベイに格納された大型ドローン群の起動シークエンスを開始した。


「ウェン、ノア。ドローンが積み荷を下ろし始めたら、品目ごとのチェックとタグ付けをしてくれ。あらかじめ登録済みのリストと照合してくれればいい」


「了解です!」


「任せて」


 二人が一歩前に出て応じる。ノアは既に自分の端末を起動して準備を整えつつあった。


 そして、シゲルは最後に、穏やかながらもどこか意味深な視線をクロとクレアへ向けた。


「――クロ、クレア。お前らは俺と一緒に来い。特別な“用件”がある」


 その言葉に、クレアは首を傾げながらも従うように頷き、クロは軽く視線を上げるだけで了解の意を示した。


 こうして手際よく役割が割り振られると、ランドセルの船内は一気に動き出した。


 アヤコはブリッジに残り、ドローン群に対して的確な指示を送り続ける。次々と起動した貨物ドローンが指定された積み下ろしエリアへと滑るように展開し、商品を丁寧に所定位置へと並べていく。


 一方、ウェンとノアはコンソール端末を手に、搬出された荷物一つひとつにタグ付けと内容確認を行っていた。リストと照合された品目は、側に待機していた自動搬送ユニットへと受け渡され、スムーズにマーケット内へと運び出されていく。


 その一連の流れは、すでに何度も繰り返されてきたような無駄のない連携だった。喧騒はない。けれど、その静かな活気には、経験と信頼が滲んでいた。


 そして――その間に、シゲル、クロ、そして肩にちょこんと乗ったクレアは、ランドセルのハッチを抜けて静かに外へと歩み出ていた。


 人工重力の切り替わったドックを通り抜け、滑らかな床が続く静かな通路を進む三人。やがて一基のエレベーターの前に辿り着くと、シゲルがそのまま迷わず操作パネルに手を伸ばす。


「どこに向かうんです?」


 クロが小さく問いかける。


 その問いに対して、シゲルはまるで悪戯を仕掛ける少年のような顔で振り返り、にやりと口角を上げた。


「お前には、まだまだ驚いてもらわにゃつまらねぇ。それに――紹介しておきたい奴がいるんだよ」


 それだけを言って、再び前を向く。


 エレベーターはほぼ無音のまま上下方向だけでなく、ゆるやかに横方向へと滑るように動き出していた。


「……もしかして、このエレベーター。横にも動いてますね?」


 クロの感覚を見越したような問いに、シゲルは頷く。


「よく気づいたな。ま、さすがってとこか。ここの内部は階層じゃなく“層構造”だからな。移動経路も三次元ってわけだ」


 その説明が終わる頃、エレベーターは停止音もなく静かに停止する。


 そして開かれた先に広がったのは――


 豪奢に敷き詰められた赤絨毯に、壁には彫刻をあしらった柱と光沢ある金属製の装飾、天井にはシャンデリア風の照明がゆるやかに明滅していた。まるで高級ホテルのロビーのような廊下。


 その正面には、重厚な木製の両開きドアが鎮座していた。見慣れた艦内の風景とはまったく違う、格調と気品に満ちた世界。


 そして、その扉の前――


 通信越しに一度対面したあの執事――完璧な所作と気品をまとった男、トバラが、微笑をたたえながら扉の前に静かに立っていた。姿勢は一分の乱れもなく、まるで時を止めたような立ち姿だった。


「お待ちしておりました、シゲル様。主がお控えです。……ところで、そちらのお嬢様は?」


 トバラが柔らかな声音で問うと、シゲルはどこか誇らしげに肩をすくめた。


「俺の娘だ」


 その言葉に、トバラはほんの一瞬だけ眉を動かし、僅かに目を細める。


「……ご冗談も、過ぎますな」


「いえ、養子です」


 そう言って一歩前に出たクロが、穏やかに言葉を添える。


 その瞬間、トバラは静かに息を吐き、口元を緩めた。


「……シゲル様が養子を取られるとは。……これは、明日、隕石でも降るのではと心配になりますな」


「降ってもどうにかなるさ。なあ?」


 そう返すシゲルに、トバラは小さく肩を揺らし、しかしすぐに顔を戻して一礼した。


「では、主をお待たせするわけには参りません。こちらへどうぞ」


 その手が重厚な木製ドアの取っ手に添えられ、音もなく扉が開かれる。


 開かれた先には、予想を遥かに上回る豪奢な内装が広がっていた。光沢のある木材、調度品の一つひとつが上質で、宇宙船内とは思えない重厚感と洗練された静けさが空間を包んでいる。


 その奥――待っていたのは、二人の人物だった。


 一人は、クロにとって見覚えのある女性。近衛軍の現場指揮官・ノーブル。いつもの戦闘服とは違い、今回はシンプルながら気品あるフォーマルな装いに身を包み、落ち着いた佇まいでこちらを見つめている。


 そしてもう一人は、これまでに一度も見たことのない人物だった。


 はっきりと姿が見えているにもかかわらず、どこか“掴めない”。その存在感はあまりにも異質で、ただその場に“いる”というだけで、空気の密度がわずかに変わった気さえした。


 視線を受けながらも、クロは直感で理解する。


 この人物が――次の“核心”なのだと。


 シゲルはそんな彼女を横目に見やりながら、肩をすくめ、口元に笑みを浮かべた。


「さあ、次の“驚き”だ。……ちゃんと目ェ、開けとけよ」

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