表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
216/486

オンリーワン、境界を越えた都市

 スペースゲートを抜けた後も、〈ランドセル〉は通常航行に切り替え、目的地オンリーワンへと向かっていた。艦橋の外には、同様にゲートを抜けた無数の艦艇が航行を続けている。まるで星々が一斉に目指す一点――それが、この宙域最大のマーケットだった。


 その中で、シゲルの元には次々と通信が飛び込んでくる。


『シゲルさん、お久しぶりですね。今回の目玉は何です?』


「今ここで教えるバカがいるか。店に来な」


 次の通信では、どう見ても商人には見えない荒っぽい男が、画面の向こうで笑う。


『シゲル~。いいモン持ってきてんだろうな?』


「当たり前だ! 俺がダメなの持ってきたことあるか?」


 続いて現れたのは、高貴な装いの女性。


『シゲルさん。今回も、とても楽しみにしていますわ』


「おう。親父さんにもよろしく伝えといてくれ」


 そして極めつけは、全身筋肉の男が低く唸るように――


『……おう』


 それに対し、シゲルが即座にツッコむ。


「お前なぁ! たった一言だけのために通信してくんな!」


 次々と鳴り響く通信に、最初こそ艦内は笑いに包まれていた。


 だが――


 その回数が10、20と積み重なり、相手の顔ぶれがあまりにも多種多様であることに気づく頃には、艦内の笑いは徐々に静まり、空気が変わっていった。


 アヤコ、ウェン、ノアの三人は思わず顔を見合わせ、表情には困惑と――どこか「引き」の感情すらにじんでいた。


 クロとクレアは言葉を失ったまま、ただシゲルを見つめていた。


「じいちゃん……ちょっと、怖いよ。その顔の広さ……」


「うん……」


 ウェンが小さく呟き、そしてノアが、おそるおそる口を開く。


「……あの、シゲルさんって……ただのジャンクショップの店長じゃ……ないですよね?」


 控えめなその言い方には、ノアなりの礼儀と戸惑い、そして確かな疑念がにじんでいた。


 シゲルは、通信対応の合間にふと肩をすくめ、ニヒルな笑みを浮かべる。


「……ただ、長生きしただけさ」


 それだけを言い残して、また別の通信に応じるためにホロパネルへと視線を戻していった。


 その背中に、もう誰も追及の言葉を重ねることはできなかった。


 その間にも、ランドセルはゆっくりと目的地に近づいていく。


 最初はただの岩のように見えていたその構造体が、距離を詰めるごとに次第に巨大な“施設”の全容を現し始めた。


 厚い岩盤に人工構造物が組み込まれ、外殻全体には精緻な補強と外壁シールドが施されている。


 通信の応酬がようやく収まる頃――視界を覆うほどの“存在感”が艦橋のウィンドウ一面に広がっていた。


「まさか……小惑星をそのまま使っているとは……驚きですね」


 クロが小さく呟いた。


 その瞳には、かつて星を見守り続けた数千年の記憶が宿っていた。そして今――クロは、眼前に広がる圧倒的な規模の構造物を、静かに、深く見つめていた。外殻には人工的な構造物が幾重にも組み込まれ、周囲では大小さまざまな艦艇がひっきりなしに出入りしている。その規模、機能、密度――どれを取っても、彼女がかつて見てきた常識の枠を軽々と超えていた。


 シゲルは満足げに頷き、手元のホロパネルを操作する。


「どうだクロ、言った通り驚いたろ?」


 彼の操作に応じ、艦橋の空間に巨大な立体投影が広がった。小惑星の断面を模したその全体図は、もはや都市というより、“もう一つの星”だった。


「このオンリーワンはな。かつて資源採掘で中身がスカスカになった小惑星を、まるごと一つ“都市”に作り替えたもんだ」


 立体構造のホログラムには、居住区、マーケット、商業層、管理中枢、交易ドックなどが層状に重なり、まるで地下都市のように描かれている。


 さらに重力制御システムにより、地表に近い環境を維持した“都市型内部構造”が施されていた。


「言ってみりゃ――“独立国家”だ。ここじゃ、どこの国家の法律も通用しねぇ。秩序はあるが、権威はない。……だが、それがいいんだよ。だからこそ、表には出せない“本物”が集まる」


 その言葉には、ただの商人には到底出せない“重み”がにじんでいた。


 クロは静かに頷く。クレアも黙って前方の構造物を見つめたまま、何かを感じ取っていた。


 やがてランドセルは、ホログラムに示されたドックA-5に向けて、ゆっくりと進路を取っていく。


 遠ざかっていた重力の感覚が、微かに艦内へと戻り始める。入港に伴う重力制御の変化が、わずかな揺らぎとして肌に伝わった。


 クロはその感覚を受け止めながら、ブリッジ越しに映る景色を静かに見つめる。そして、小さく――けれど確かに、微笑んだ。


「……数千年、監視してきたかいがありましたね」


 それは誰に向けたというわけでもなく、ただ隣にいるクレアにだけ届くような、小さなひと言だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こういう惑星を丸ごと改造ってスペオペのロマンですよね〜 自分だけの一惑星が欲しい!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ