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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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オンリーワンへの到達と、未知なる宙域

 艦内が静寂に包まれた夜。ブリッジでは、クロとクレアが並んで座り、ゲート内を進むランドセルの窓外に広がる幻想的な景色を見つめていた。


 幾重にも折り重なる色と光の層。流れる粒子は静かな流星のようにゲート内を漂い、異空間に似たその美しさが、二人を無言のまま惹きつけていた。


 クレアも、初めて見る世界の色彩に瞳を奪われていた。


「世界は……広いですね、クレア。まだ見ぬものがあると知ると、自然と“見に行きたい”という気持ちになります」


 クロが目を細めてそう言うと、クレアも静かに頷いた。


「はい……私も、もしあの時クロ様に出会っていなかったら、全力で挑むということしていなかったら。この景色すら知らないままだったと思います」


 そこまで言って、クレアは言葉を切る。クロは急かすことなく、前方の光に視線を向けたまま、そっと続きを待った。


「……でも、アヤコお姉ちゃんやお父さんに会えなくなると思うと……」


 クレアは目を伏せ、少しだけしっぽを揺らす。


「寂しいです」


 吐き出すようなその言葉に、クロは小さく笑みを浮かべた。


「そうですね。会えなくなるのは……たしかに、寂しいです」


 そこまで言って、言葉をひと呼吸分だけ空ける。


「でも、私たちなら大丈夫です。転移がありますから。進んだ先から戻って夕食を一緒に食べて、翌朝にはまた目的地の続きから再開する――そんな“裏技”もできますから」


 冗談めかしたその一言に、クレアの頬が少しだけ緩んだ。


「……それなら、いつでも帰ってこれますね」


「はい。だから安心してください。会えなくなる未来なんて、私が許しませんから」


 クロの言葉は、優しさと力強さが同居していた。クレアは静かに、しかし確かに頷いた。


 その後も航行は順調に進んだ。アヤコが管理する長距離自動操縦は一度のエラーもなく、ランドセルは安定した姿勢を保ったまま、予定通りの航路を滑るように進行していた。


 やがて、昼前の時刻。スペースゲートの終端が近づき、外界の色と光が徐々に変化していく。


 そして――。


 ブリッジのメインウィンドウに映る光景が、静かに“捻れ”から“直線”へと変わった。艦が疑似ゲートを抜け、通常空間へと帰還したのだ。


 その瞬間、窓の先――遥か遠方の宙域に、小さな岩のような物体が浮かび上がる。


「――あれが目的地、マーケット《オンリーワン》だ」


 シゲルの口から簡潔な説明が落ちる。


「オンリーワン? 唯一、ってことですか?」


 ノアが首を傾げながら尋ねる。シゲルは含みを持たせたような口調で笑い、


「まあ、意味は着いてからのお楽しみだな」


 その言葉に、スクリーンの向こうをじっと見つめていたウェンがぽつりと呟く。


「……でも、小さくない?」


「うん。店なんて開けるのかな……?」


 アヤコも同意するように声を漏らす。


 その様子に、シゲルは鼻を鳴らした。


「これだからお子ちゃまは……」


 そう言ってから、手元のホロパネルで距離情報を表示し、にやりと笑う。


「いいか、よく見ろ。まだ目的地までかなり距離がある。その“岩”が、ここから見えてるってこと自体がどういう意味か……少しは考えてみろ」


 モニターに映し出されている“岩塊”――それは、確かに遥か先にあるにもかかわらず、肉眼でもその存在を捉えられるほどの大きさだった。つまり、いま目にしているのは、ほんの外郭に過ぎず、〈オンリーワン〉の全貌はまだ“何も見えていない”ということだった。


 その周囲に、次々と新たな光が現れる。


 スペースゲートから吐き出されるように、数多の艦艇が通常空間に次々と姿を現していく。小型の商用艇から、武骨な戦艦、装飾過剰な旅客艦まで――まさに千差万別。目的も用途も異なる艦が一斉にゲートアウトしていく様は、まるで宇宙の見本市のようだった。


「すごい数……でも、あれ……明らかに討伐対象が混ざってるけど?」


 ノアが端末のスキャン情報を見て驚きの声を漏らす。明らかにギルドのブラックリストに載っている艦のIDが、複数確認できたからだ。


 しかし、その声に対してシゲルはすぐに制止をかける。


「手、出すなよ。ここは既にオンリーワンの“非戦闘地域”だ。何があっても、向こうから絡まれない限りは絶対に動くな」


 シゲルの声音には、いつになく明確な圧がこもっていた。この宙域が、どれほど特殊なルールで成り立っているかを物語っていた。


 その直後、ブリッジに通信が入る。


『お客様、いらっしゃいませ。招待状のご提示をお願いできますか?』


 映し出されたのは、完璧に整った執事服を身に纏った品のある中年男性だった。姿勢、声のトーン、すべてが丁寧かつ機械のように無駄がなかった。


 シゲルはすぐに端末を操作し、データリンクで招待状のコードを送信する。


『確認いたしました。ジャンクショップ・レッドラインよりご招待の、シゲル様ですね。お待ちしておりました。随行の方々は……?』


「俺の身内と護衛だ。今回もよろしく頼むぜ」


『かしこまりました。皆さま、ようこそオンリーワンへ。主がすでにお待ちです。A-5ドックへご案内いたします』


「了解。いつも世話になるな、トバラ」


『いえ、我々も楽しみにしておりました。それでは、失礼いたします』


 通信が切れ、ブリッジに静寂が戻る。


 その沈黙を最初に破ったのはアヤコだった。


「じいちゃん……今までどんな生き方をしたら、あんな執事に“主がお待ちしてます”とか言われるの……? ていうか、じいちゃんって何者?」


 当然のように湧き上がる疑問に、誰もが無言でシゲルを見つめる。


 だが当の本人は、いたってマイペースに笑いながら、肩をすくめて言い放つ。


「俺は俺様だ。長く生きてりゃ、世界は勝手に広がる……まあ、踏み込んだ分だけ、な」


「いやいや! 広がり方がおかしいってば!」


 アヤコの全力のツッコミも、シゲルの笑いにかき消された。その笑いの中に、答えの一部があるのかもしれない――そう思わせるほどに、彼の過去は“らしさ”に満ちていた。

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