帰還と決意
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一隻、また一隻――クロは容赦なく艦内を制圧していく。リボルバーとビームソードの閃光が、戦艦という密閉空間に地獄を描く。
通信越しに届くのは、海賊たちの断末魔と混乱、そして底知れぬ恐怖の叫び。戦場にいる誰もが“地獄”という言葉を思い浮かべた。
一方、宇宙空間では、逃げ出そうとする海賊たちがわずかに残った戦闘機や機動兵器に乗り込み、戦艦から離脱を試みていた。だが――ノアが、それを見逃すはずがない。
「逃がさない」
ノアの声が静かに落ちた直後、アルカノヴァがスラスターを全開にし、背後から接近。ビームマシンガンと実体剣を切り替えながら、逃走機体を一機、また一機と斬り裂き、撃ち落としていく。
逃げれば外に地獄。籠れば中に、もっと深い地獄。敵に選択肢は、もはやなかった。
やがて、最後に残った一隻が完全に戦意を喪失し、艦内から命乞いの通信が届く。
「た、助けてくれ……もう降参だ! 武器は捨てた! 頼む、見逃してくれ!」
だが――クロの反応は冷徹だった。
「え? 塵にすると言いましたよね。……さようなら」
クロは、迷いなくリボルバーを持ち上げる。その一撃は、銃声すら残さず――ただ、静かに“終わり”を告げた。リボルバーが放った光は、まるで言葉の代わりに沈黙を呼び込み、すべての喧騒を断ち切っていた。
戦闘は終わった。
クロは一度肩で息をつき、通信を繋ぐ。
「ノア、終わりました。使えそうなものは艦外に放り出しておきます。お姉ちゃんに頼んで、ドローンで回収してください。……決して艦内には入らないこと。中は、見ないことを伝えてください」
『……分かりました。できれば、わかりたくなかったですけど……伝えます』
ノアの返答には、戦場の現実を悟ってしまった人間にだけ宿る、やるせなさが滲んでいた。
戦艦の中では、クロが淡々と残存する物資や機動兵器を外へと押し出していく。破損したハッチや壁を強制的にこじ開け、保管庫の壁面に風穴を空けて、艦内の空気ごと漂流させる。
アヤコはすぐさまランドセルからドローンを展開。数十機の大型・中型ドローンが連携して宇宙空間を舞い、ノアが端末でタグ付けした物資や残骸を一つずつ確実に回収していく。
ノアは目を離さず、ひたすら作業に集中した。コンテナ、装備、回収可能なユニット。地道なマーキングと輸送を何度も繰り返す。
気がつけば、積載スペースはすでに満たされ始めていた。
やがて最後の一つまで搬出作業が終わると、クロの通信が入る。
『ノア、後は任せてもいいですか? 最後に、汚い花火をあげてください』
「……綺麗ではないんですね」
『ええ、演出より効果重視で。セリフ、決めてもいいですよ?』
「遠慮しておきます」
苦笑しながらも、ノアは武器スロットを切り替える。現れたのは、大型のビーム砲――メガバスターライフル。両腕で構えたアルカノヴァが照準を敵艦へと定める。
『私は先に帰ります。後は、お願いしますね』
「了解。汚い花火、ちゃんと打ち上げます」
クロは静かに転移し、ランドセルへと戻っていった。
残されたノアは、ゆっくりと息を吐く。
「――最後の仕上げ、ごめんよ」
静かに呟きながら、メガバスターライフルのチャージを開始。砲身に集束する光が膨れ、次の瞬間――
「発射!」
巨大な閃光が宇宙を貫き、標的となった戦艦が眩い光と共に爆散する。
残る二隻も、順に照準を定め、同様に撃破。
宇宙には、静寂だけが戻った。
「……汚い花火だ、って……いや、やっぱりダメだろこのセリフは」
照準器を閉じたノアは、砲身を下げながら深く息をついた。最後の閃光が宇宙に消え、ようやくすべてが終わった。
スラスターの出力を落とし、ノアは静かに〈ランドセル〉への帰還ルートを取る。戦闘用OSの自動誘導が航路を描き、コックピットには戻るべき座標だけが浮かび上がっていた。
下部のカーゴベイへと戻り、ゆっくりとハッチが開く。機体を格納状態へ切り替えると、ノアはシートから身を起こし、ブリーフスーツ姿のまま通路を歩き出した。
そして――リビングの扉が開く。
「おかえり! よかった……ほんとに」
迎えてくれたのは、ウェンだった。駆け寄るようにして立っていたその姿には、言葉にできないほどの安堵が滲んでいた。
心からの「無事でよかった」が、そのまま表情に浮かんでいる。
ノアは、一瞬だけ目を見開いた。そして、自然に笑みがこぼれる。
「……ただいま」
それは、誰にも命じられず、誰にも強制されることのない言葉。たった一言に、どれほどの温かさが詰まっていたか――ノア自身が一番知っていた。
リビングの光が、どこまでも柔らかく思えた。
ノアは静かに思う。自分にも、「ただいま」と言える場所がある。誰かが待ってくれる場所が、ここにはあるのだと。
その温もりを胸に刻みながら、彼は改めて決意した。
(僕は、この罪を背負って生きていく。けして忘れず、けして誤魔化さず――それでも前を向いて進む)
背負って生きるのは、過去ではない。“これから”を選び取った、自分の意志だった。