偽装と物語、そして新しい名のために
その言葉に、アヤコが「は?」と顔をしかめ、クロもわずかに金色の瞳を細めた。
「……養子、だと?」
「ああ。違法になるが、手はある」
シゲルは腕を組み、落ち着いた調子で続ける。
「まず、お前の戸籍を“捏造”する。そのうえで、俺と養子縁組すれば――形式上は“未登録児童”って扱いにできる。保護者つきで提出されれば、誰も“お前がバハムートだ”なんて発想しない」
クロがじっと無言で聞き続けるなか、シゲルの語りは徐々に熱を帯び始めた。
「それにな……実は、俺の親父――アヤコのひいじいちゃん、もうとっくに他界してるんだが、まあ、筋金入りのバカだった。本物のロボットを造るのが夢でな。資金も人脈も技術もなかったくせに、諦めないでパーツを拾い集めて、店を構えて、いつか組み上げるつもりで貸しドックまで契約した」
ふっと息をつき、シゲルは遠い目になる。
「けど結局、材料は揃わなかった。夢は、未完成のまま終わった」
そこまで聞いて、アヤコがたまりかねたように口を挟んだ。
「――長い! 結論、“ひいじいちゃんの夢を叶えた”ってことにすればいいんでしょ!」
額に手を当てながら、半分あきれたように言うアヤコをよそに、シゲルは肩をすくめて笑った。
「違う。もっと正確に言うと――“そういう物語を作る”んだ」
その声色には、技術者というよりも、詐欺師に近い手練れの響きがあった。
「死んだ人間の功績に仕立てちまえば、誰も疑いやしない。実際、うちの親父は筋金入りで頭ぶっ飛んでたしな。『自立型超大型機体を造る』とか本気で言ってた」
そして、視線をクロに向ける。迷いも遠慮もないまなざしだった。
「つまり――お前は、“ひいじいちゃんが遺した唯一の傑作”ってことにする。それが一番自然だ」
クロは無言のまま、金色の眼でじっと聞き続けていた。そして、隣でシゲルが端末を操作しながら、淡々と指を動かす。
「それじゃあ――ハンター登録に必要な“機体ID”と“コックピット”。ここから先は、アヤコの出番だな」
「了解。お任せあれ♪」
浮遊しながら手を挙げるアヤコの顔には、すでにいたずらな笑みが浮かんでいる。そしてすぐに、真剣な口調へ切り替えた。
「まずクロ、あなたの端末を少し改造する。内部に機体IDを直接埋め込む。そうすれば、端末そのものが“この機体の正規ID”って扱いになるの。疑われにくいし、スキャンにも反応する。それと並行して――私が作る違法アプリを端末にインストールする」
クロが静かに目を上げると、アヤコは楽しそうに続けた。
「内容はシンプル。“仮想コックピット映像”を生成して、クロのアバターを表示する。映るのはコックピット内部と操縦者の顔――つまり、あなたが操縦しているように見える。しかも、音声通信や視線の向きも全部アバター側でリアルタイム変換するから、誰も“中に本人がいない”なんて思わないよ」
そしてクロの大きな顔まで浮かび、アヤコは両手を広げて、
「指向波も自動で変調させるから、通信の出所が端末だってバレることもない。つまり――コックピットはここにある、と思わせる。で、操縦してるのは“クロという少女”。完璧でしょ?」
誇らしげに胸を張るアヤコに、シゲルは苦笑しながら呟いた。
「……違法にしか道がねえってのも、すげえ話だな」
その会話の余韻が残る中、クロの声が低く、だが穏やかに響いた。
「……なぜだ?」
アヤコとシゲルがふと振り返る。
仰向けに横たわるままのクロが、首をうごかし、目でふたりを見ていた。
「確かに、俺は“協力を頼んだ”。……だが、俺が望んだのは“機体ID”と“コックピット”の問題までだった。それがなぜ――“養子”や、“設定”や、“物語”にまで広げてくれた?」
その問いは、詰問でも疑念でもなかった。ただ純粋に、理解できなかったのだ。なぜここまで、他人である自分に“筋書き”を与えてくれるのかを。
「簡単だよ、クロ」
アヤコは肩をすくめながら、いつものようにさらりと答えた。
「困ってたでしょ? だから、手を貸しただけ。それだけ。……それに、あんな大事な“真実”を、ちゃんと話してくれたじゃない。だったらこっちも、信じて返すよ」
その言葉は軽やかだったが、誤魔化しも遠慮もなかった。真っ直ぐで、まるで当然のようにそこにある“優しさ”だった。
その瞬間、仰向けに横たわるクロの脳裏に――ふと、かつての記憶がよみがえった。
前世で、自分がまだ“人間”だったころ。当たり前のように持っていたはずの感情。失われた時間の中で、どこか遠くに置き去りにしていた“ぬくもり”。
今、その断片が、確かに蘇っていた。
「……そうか」
クロは、ほんの少しだけ目を閉じる。
「……人とは、そうだったな」
その言葉には、静けさの中に――どこか懐かしさが滲んでいた。
「――じゃあ、まずはクロ。少女の姿になって出てきてくれ」
シゲルの声に応えるように、クロの本体――その胸部中央が静かに光を帯びる。
光の粒が舞う中、そこから“少女のクロ”が浮かび上がるように現れる。黒色の瞳と黒い髪。仰向けに横たわっている“戦神の姿”からは、まるで別の存在のように見える。
だが、間違いなく――彼女こそが、“クロ”だった。
シゲルが一つ、咳払いをして現実に戻すように言葉を続ける。
「――さて。そろそろ“お金の話”といこうか」
その言葉を合図に、アヤコがすかさず端末を取り出す。
ホログラムに表示された数字は――堂々たる額。
「じゃーん♪ お代は2,000万C。耳揃えて、きっちり払ってね?」
にこりと笑いながら言うアヤコに、クロはほんの一瞬だけまばたきをした。
(……そうだ。人間とは、こういうものだったな)
ちゃっかりしていて、時に容赦がなくて――でも、どこか憎めなくて。
そして、嫌じゃない。
そんな気持ちが胸の奥に芽生えながら、クロは静かに頷いた。