空域マーカーと制御機構の実装
ウェンは、構造素材についての説明に入った。
「耐久性だけじゃなくて、今回は別の方面からもアプローチしてみたんだ」
そう言いながら指をホログラムへ向ける。
「まず、あえて“オープンフィンガーグローブ”型を採用した理由だけど、一つは接近戦――つまり格闘戦への対応だよ」
その言葉と共に、映像が手甲の構造へと切り替わる。
「使用したのは、ナノマグネチタニウム合金。普段は軽量型の機動兵器や高速戦闘小型艦に使われてる高耐久素材なんだけど、今回はそれをフレキシブル加工してある」
映像では、金属ながら柔軟に曲がる表面構造がスローで再生されていく。
「これなら、指の可動域を妨げず動きにも干渉しない。薄くて軽量だから、装着中の行動制限も最小限。ドローンにも同じ素材で制作予定。対人用のビームや実弾なら、ちゃんと防げる構造になってるよ。……さすがに、ロボット兵器のビームや高威力のライフルは無理だけどね」
ウェンは、にやりと笑いながらクロに視線を向けた。
「だから、あんまり撃たれないでね?」
冗談めかしたその言葉に、アヤコは小さく肩をすくめる。やれやれと言いたげに、口元に苦笑を浮かべながら補足を続けた。
「素材としては、荷重や強度の問題はすべてクリア済み。それに、射出と巻き取りは簡易脳波検知システムで制御されてるよ。装着者が“撃つ”と意識すれば射出されるし、“戻す”と考えれば自動で巻き取る。もちろん、フック役のドローンも自動で切り離されるから安心して」
アヤコの説明が終わるのを待って、ウェンがスミスへと視線を移す。そして、あらためて真剣な声で語り出した。
「それから――お父さんが指摘してた“照準の精度”についてだけど、“空域マーカーシステム”を搭載することにしたよ」
ホログラムが切り替わり、拳から先の空間を示す仮想マーカーの動作映像が映し出される。
「これは、射出直前にドローンのセンサーカメラが周囲をスキャンして、装着者の拳の先にある空間を瞬時に記憶する仕組み。その情報をもとに、射出時はそこへ向かって自動飛行するの」
クロが腕を振るう映像に切り替わり、それでもドローンが当初の座標へ向けて補正をかけながら飛ぶシーンが再現される。
「もちろん、射出中に腕を大きく動かしたり、立ち位置がずれたりしても対応できるように、ドローン側にも短距離用の予備ワイヤーを内蔵してある。多少の誤差なら吸収できるようにしてあるから……よっぽどギリギリの距離とか、急激な動きじゃなければ――大丈夫。……な、はず」
最後だけは少し声が弱まりつつも、ウェンの視線は真っすぐにスミスへと向けられていた。その目には、どこまでも誠実な意志と、開発者としての責任が宿っていた。
「……最後の“弱気”はちょっと気になるが――」
スミスが苦笑を交えつつ言葉を切る。その視線が、ゆっくりとクロへと移った。
「――で、クロ。今の説明を聞いてどうだ?」
問われたクロは、ホログラムに視線を向けたまま、素直な疑問を口にする。
「えっと……私は技術には詳しくないんですけど、“ナノマグネチタニウム合金”って、そんなにすごい素材なんですか?」
その問いに、スミスは少しだけ目を細め、腕を組んだまま答えを返す。
「ああ。マグネシウムの軽さと、チタンの強度を兼ね備えた合金を、ナノレベルで再構築したのが“ナノマグネチタニウム”だ。素材としての完成度はかなり高い」
そしてホログラムの手の甲部分に視線をやると、言葉に淡い含みを持たせた。
「熱や圧力、さらには磁場の刺激に応じて構造が微細に変化する。要するに、動きに柔軟に追従しながら、必要なときにはしっかり硬化するってわけだ。動作を妨げず、それでいて防護性能は高い」
スミスはそこで、軽く肩をすくめる。
「……まあ、理屈としては申し分ない。ただな、こんなもん、個人装備に使うにはちょっと“贅沢”すぎるってだけだ」
「そうですか。では――制作にかかる予算の試算は?」
クロが静かに問いかけると、アヤコがすぐに端末を操作し、ホログラムを切り替える。
「概算で300万C。素材は一から集めるわけじゃなくて、うちのジャンクショップからジャンクパーツを流用できる見込みだから、そのぶんは抑えられてる」
表示された試算表には、部品ごとのコストと作業時間が細かく記されていた。無駄のない構成と、その裏にある経験の蓄積が垣間見える。
クロはホログラムを一通り確認し、満足げに頷いた。
「――分かりました。それでお願いします。優先順位は三番目ですね。スラロッドの調整が済んだら、着手に移ってください」
そう言うと、クロは懐から自身の端末を取り出す。指先で軽やかに数値を入力し、アヤコの端末とリンクさせた。
「とりあえず、ここで“3,000万C”をお姉ちゃんに振り込みます。必要経費として十分に足りるはずですし、余った分は――」
そこで一拍、言葉を置き、ウェンとアヤコを順に見やる。
「報酬として、二人で分けてください。ただし――」
クロの声が、ふわりと和らぎながらも、芯を持ったものに変わる。
「予算を超えた場合、追加で開発資金はお渡ししますが、その時点で報酬はゼロになります。なので、そこだけはくれぐれもご注意を」
思わぬ“条件”に、アヤコとウェンが目を見合わせる。
だが、その表情に浮かぶのは、不満や驚きではなかった。どちらかと言えば、それは――火をつけられた開発者の闘志。
「ふふっ、燃えてきたじゃん」
「そういうルール、嫌いじゃないよ。クロ」
ウェンとアヤコは顔を見合わせ、小さく笑い合った。それは、次のステップへ進む許可が下りたことへの安堵と、ほんの少しの誇らしさを込めた微笑だった。