破裂の臨界、技術の答え
ウェンは一瞬だけ沈黙し、やがて「そこだよね」と頷いてから、端末を素早く操作した。
「それ、いちばん悩んだところ。でも――これで解決できる」
そう言って呼び出したのは、スライムガン本体の内部構造図。映像は自動で展開され、各部の構成が次々と分解されていく。
「まずはグリップ部分。ここは一見、普通のマガジン装填部に見えるけど……違うのは、マガジンの“中身”の方」
ホログラムがマガジンの断面にフォーカスされ、そこに現れたのは、通常では存在しない小さな空間。
「この空間にね、高圧の“圧縮ガス”を充填する仕組みを組み込んだの。もともと宇宙服に装着されている空間での姿勢制御用に使われてる、安定性の高いガスを応用してる」
映像の中では、ガス噴射室と弾丸装填部が直結し、発射の瞬間に高圧ガスが一気に噴出される様子が描かれていた。
「この方式なら、火薬もいらないし――何より、ガス切れは無くなる。補充も含めて、真空圧縮充填装置に一括して管理できるようにしてある」
自信をにじませたその言葉に、スミスの視線が再びマガジンの構造図へと移った。彼の目に、わずかに興味の色が戻る。
そんな様子を横目に、ウェンはさらに説明を重ねた。
「それとね――内部には小型のバッテリーと、発電用のナノモーターを搭載してるの」
ホログラムがマガジンのさらに奥の構造を映し出す。そこには微細なローターと極小発電ユニットが組み込まれていた。
「ガスで弾を撃ち出すとき、その排気の勢いでナノモーターが回るの。で、その回転エネルギーを利用して発電し、内蔵バッテリーに電力を蓄積していく構造になってる」
映像には、発射ごとにローターが回転し、電流が流れていく様子がシミュレーションとして再生される。
「外部電源に頼らず、自力で“再充電”できる仕組み。これなら、継戦能力もぐっと上がるよ」
胸を張るウェンの言葉を受けて、アヤコが一歩前へ出る。
「――で、なぜこのバッテリーが必要かというと……それこそ、おじさんの問いに対する“答え”なんです。着弾時にスライムが確実に展開するための仕組みです」
そう前置きすると、アヤコはホログラムを切り替え、銃のバレル部分の断面構造を映し出した。
バレル内には、通常のライフリングに加えて、複数のセンサーと制御基板が内蔵されている。さらにその四方――バレルの内壁に沿って、小型の高出力マイクロレーザーが埋め込まれていた。
「発射直前、このマイクロレーザーが弾丸に対して極薄のスリットを四方向から刻み込むの。スピンしている弾に対して螺旋状の切り込みを一瞬で入れていく構造です」
ホログラムのシミュレーションが動き出す。回転する弾頭の表面に、四方からレーザーが細いラインを刻み込む。その螺旋状のスリットは弾の進行とともに広がり、やがて着弾の瞬間――スリットが圧力で破れ、中のスライムが一気に飛び出す様子が再現される。
「外殻の強度は保ちつつ、着弾と同時に“意図的に裂ける”ように設計してあるんです」
説明を終えたアヤコが一歩下がると、すかさずウェンがクロとスミスへ向き直る。
「――どう? これが、父さんへの答え!」
ウェンの声には自信が宿り、その表情には達成感がにじんでいた。隣に立つアヤコも、静かに頷きながら設計図の全体像を見守っている。
スミスはそれにすぐさま反応せず、ただじっとホログラムに映る構造図を見据えていた。その瞳に宿るのは、父親としての感情ではなく、技術者としての鋭い探求の光だった。
「――バッテリーは、どこまで持つ?」
低く問うその声には、設計全体を俯瞰した上での懸念がにじむ。
「一発撃つたびにレーザーに通電して、同時に充電……そのバランスは? 使用電力と回収電力の比率、試算は出てるのか?」
短いが的確な問い。それはまさに、机上の理屈では通らない“現場目線”の本質的な指摘だった。
問いを受けたウェンは、待ってましたと言わんばかりに即座に反応した。
「計算済みだよ」
そう言いながら指先でスライドを切り替えると、バッテリーの電力収支グラフがホログラムに表示される。
「一発撃つたびに、発電量は“およそ一・五発分”。実際に使う電力量より多めに回収できるように設計してるの。連射時の損失も考慮してあるから、安定して動くはず」
そして、もう一枚のシートを表示しながら、ウェンは得意げに続けた。
「バッテリーが満充電になった時は、内蔵制御で自動的に放電処理に切り替えるよ。エネルギーは逃さないし、蓄積過多による劣化も回避できる設計だから」
無駄もなく、過剰もなく――。
その説明には、試行錯誤を積み重ねた者だけが持つ“確信”の色があった。
そしてスミスは、最後の確認項目に入る。
「――で、製作費は?」
その言葉に、ウェンは一瞬だけ肩をすくめるようにして、小さく息を吐いた。端末を操作し、試算表をホログラムに投影する。その顔には、わずかに悔しさをにじませた表情が浮かんでいた。
「……試算では、だいたい700万Cくらい」
額面を口にする時だけ、声が少しだけ小さくなる。
「量子プリンターは30万、銃本体は10万。けど、真空圧縮充填装置が――660万C。どうしても、ここだけは削れなかった……」
説明の終わりには、悔しさというより“技術者としての譲れない意地”すら滲んでいた。
だがスミスは、その数値に眉ひとつ動かさず、静かに頷いた。
「……ふむ。正直、1,000万は超えると思ってたがな」
口元にわずかに浮かぶのは、意外そうな、それでいて納得したような微笑み。
「――あとは、本当に“それが形になるか”どうかだけだ」
その言葉には、娘への信頼と、技術への厳しさが、ひとつの線でつながっていた。