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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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構造と、破裂の臨界点

 説明を終えたウェンは、どこか誇らしげにアヤコと視線を交わした。


 だが、クロはすぐに視線をホログラムに戻し、冷静に問う。


「弾丸の設計は分かりました。ただ……これ、どこで入手するんです? 私の希望は“ギルドで手に入るスライムカートリッジ”が前提です」


 スミスもすぐに口を挟む。


「それに――この構造じゃ火薬式じゃないのは明らかだ。撃ち出す手段はどうするつもりだ? まさか既製の銃器が使えるとは思ってないが……」


 鋭い突っ込みに、ウェンは「ふふん」と胸を張ると、指先で操作を加え、別のホログラムを呼び出した。


「ちゃんと考えてあるよ。既存の流通じゃ無理だし、だからこそ“自前で作る”って判断になったの。使うのは量子プリンター」


 新たに浮かび上がったのは、50cm四方のキューブ型装置。スライドには、量子カートリッジをセットした本体と、そこへ端末から設計指示を送っている映像が映し出されていた。


「これは、スライム弾の“外殻部分”を成形するプリンター。射出構造や精密形状を一括生成できるようにしてあるの。圧縮充填は別工程でやるから、このプリンターではあくまで“器”をつくる」


 ホログラムの中では、プリンター内部で成形が進み、数十秒後には銀色の弾頭と閉鎖用パーツが次々と排出されていく映像が再生された。


「最大で30発分、同時に出力可能。手間はかかるけど、コストと安定性は確保してあるから量産にも対応できるよ」


 ウェンが胸を張ると同時に、量子プリンター本体の仕様と費用がホログラムに表示される。


「市販のプリンターじゃ弾丸は作れないから、本体は改造してある。市販ベースで30万C、改造費は……まあ、サービスでタダにしとく」


 続いてアヤコが横から補足するように口を挟む。


「カートリッジは一つ一万C。高圧構造のものを使ってるけど、一つで約500発分は作れる計算。あと、もちろん弾丸以外にも応用できるから、設備としては便利だよ」


 クロは無言のままホログラムをじっと見つめていたが、やがて僅かに眉をひそめる。


「作る体制は分かりました。……では、その中身――スライムの圧縮充填はどうするつもりです?」


 即座にウェンが反応し、またひとつ新たな設計図を映し出す。


「それはね、専用の“真空圧縮充填装置”を新造するつもり。これ」


 映し出された図面には、複数の機構が整然と組み込まれていた。


 空の弾丸をセットする成形部、封入する閉鎖用パーツの投入口、そして大型スライムカートリッジを三基まで装填可能な専用ケース。圧縮工程を行う中央ユニットは強化ガラスに覆われ、外部との気圧差を遮断するパッキン付きのエアロックが備えられている。


 まるで研究施設の小型真空チャンバーを彷彿とさせる外観に、クロは目を細めた。


「……ずいぶん、大がかりですね」


 言葉は淡々としていたが、微かに呆れの色もにじむ。


 クロの言葉はあくまで淡々としていた。だが、投げかけられたその一言には、わずかに呆れと――抑えきれない興味の色が滲んでいた。


 ホログラムの映像は、さらに詳細なシミュレーションへと移行する。空の弾丸と閉鎖用パーツが、それぞれ九発分ずつ専用のエアロックチャンバーに装填されていく。


 次の瞬間、チャンバー内の空気が一気に抜かれ、完全な真空状態に。そこへ、スライムカートリッジから高圧で吐出された粘性体が、一つひとつの弾丸内部へと正確に注ぎ込まれていく。


 圧縮が完了すると、閉鎖パーツが自動で挿入され、気密構造が完成。再び空気が充填されると、エアロックが解除され、完成した弾丸がそのままマガジンへとスライドしていった。


 ひとつの工程が終わるたび、装填アームが滑らかに動き――完成弾は次々にカチリと収まっていく。


「ここまでが、製造工程の一連の流れ。そして……」


 ウェンが指先を弾くと、マガジンユニットの拡大図が浮かび上がる。


「マガジンへの装填までがワンセット。専用ケースには弾丸が九発、つまり一マガジン分が自動で充填される仕組み。最大で四マガジン分、連続で装填できる仕様にしてあるよ」


 どこか誇らしげなその声に、アヤコも小さく頷きを添える。


「……大型スライムカートリッジ三本で、大体135発分って計算ですね」


 クロがホログラムの表示を見つめたまま呟く。理路整然とした視線が、工数と構成をなぞるように動いていた。


 その視線の先で、スミスが腕を組みながら低く言った。効率と正確性、そして省力化――そこには、ただの思いつきでは辿り着けない“技術者の意地”が宿っていた。


「悪くない構成だ。だが――気密と強度は大丈夫か? 弾丸の外殻、真空に耐える程度の材質でないと、輸送中に歪む。破裂まではしなくとも、密閉不良を起こしたら命取りになるぞ」


 それは技術者としての懸念であり、現場を知る者の勘でもあった。


 ウェンは一瞬だけ息を呑みかけたが、すぐに端末を操作し、素材構成データを展開する。


「大丈夫。そこももちろん考慮済み」


 ウェンは即座に応じると、ホログラムの構成素材に指を滑らせた。


「弾丸を形成する量子プリンターには、量子フィラメント複合樹脂を指定してある。衝撃耐性も弾性も高いし、気密性も十分。真空圧縮にも耐えられるから、構造破綻の心配はまずないよ」


 続けて、弾丸の図面が拡大される。その断面には、封止用の閉鎖パーツ構造が二重ロック式で描かれていた。


「このロック構造、外圧と内圧のバランスを見ながら二重で固定する仕様にした。だから、真空にしても耐えられるし気圧変動にも強い」


 ウェンが自信ありげに説明を締めくくると、アヤコが一歩前に出て補足する。


「充填圧は、スライムカートリッジの最大値からあえて一段階下げて設定してます。プリンター側の出力誤差も見込んだうえで、安全域を確保しました。だから、破損や漏洩の心配も最低限に抑えています」


 その一連の説明に、クロは静かに頷き、視線をホログラムに落としたまま、わずかに口元を引き締めた。


「なるほど……理論上は、完璧ですね。実戦でその通りになれば、ですが。ただ――九ミリで“手のひらサイズ”の展開容量というのは、少々無理があるのでは?」


 穏やかな問いかけだったが、その声には明確な違和感と指摘の鋭さがあった。


 だが、ウェンはその言葉すらも予想していたように、すぐさま新たなスライムの性質を示す映像をホログラムに呼び出した。


「クロ、前にも言ったけど――スライムって、“コンストラクト・シリコーン”の略称なの。まあギルドだけの呼び方で、私たちはスラコンって言ってるんだけどね」


 ホログラムには、加熱によって膨張するスライムの様子がスロー再生で映し出される。


「この素材は、熱と空気の両方に反応する“自己展開構造体”。発射時の摩擦熱で活性化し、着弾と同時に外気に触れると、瞬時に膨張するの。しかも、圧縮状態から約十倍――つまり、“手のひらサイズ”まで広がるのが設計通りの挙動なんだ」


 自信に満ちたウェンの声に、アヤコもそっと補足を添える。


「一種の形状記憶と自己膨張のハイブリッド。宇宙建設でも同じ性質を応用してるから、反応の安定性は実証済みです」


 クロはその説明を聞きながら目を細め、映像の弾丸展開データに見入っていた。


 抑えめながらも確かな重みのこもった確認を終えたそのとき――隣でスミスが、腕を組んだまま低く呟いた。


「なるほどな。素材の挙動も、運用思想も理解した。……ただな」


 言葉を切り、ホログラムの弾頭を見つめるその目がわずかに鋭くなる。


「そこまで強固な外殻構造だと、“当たった瞬間”に開かない。構造そのものが頑丈すぎて、衝撃に耐えちゃうんじゃないかって話だ。……破裂しないなら、それはただの固い弾だぞ」


 それは設計全体に対する、最も本質的な問いだった。

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