朝の提案、咲いた設計図
翌朝。
昨日と同じように、クロは誰かに叩き起こされ――そのまま引きずられるようにして連れ出されていた。ただし、今日は少しだけ様子が違っていた。
隣にいたのはアヤコ。そして、引っ張っていたのはシゲルではなく、ウェンだった。
「昨日と同じ展開ですね。今日はウェンさんですか。……で、どちらへ?」
「決まってるでしょ、うちの店」
そう言って、ウェンはにっと笑いながら片目をつぶり、クロの手を軽々と引っ張っていく。朝から遠慮のないテンションに、クロはやれやれとため息をつくが、止まる気配はまったくない。
その少し後ろでは、アヤコがクレアを肩に乗せて歩いていた。
「でもびっくりしたよ。前に、家に向かって吠えてたあの犬……まさかクロのペットだったなんて」
アヤコが苦笑まじりに言うと、クロは即座に静かに否定した。
「……家族でお願いします」
だが、ウェンはまるで聞こえていないかのように、さらにぐいぐいと手を引いていく。なにを言っても振り返りもしないその様子に、クロは半ば呆れながらもついていくしかなかった。
やがて、いつもの店の前に到着すると――スピーカーから流れるロックのリズムが、コロニーの朝空気を震わせた。
「クレア、この音ね、“音楽”っていって威嚇じゃないから」
アヤコが小声で伝えると、クレアは少し身をすくませつつも、こくりと頷いた。まだ音に慣れないその小さな体が、緊張にぴくりと揺れる。
そのまま一行は、店内のカウンターを抜け、奥の事務所へと足を運ぶ。
扉の奥では、革ジャンを羽織りサングラスの男――スミスが、端末を確認していた。
眉間に皺を寄せながらも、彼は苦笑のような表情を浮かべる。
「……開店前なんだがな。朝からずいぶん賑やかだ」
その視線が、自然とウェンへと向く。
「父さん! いいから! 私が連れてきたの!」
ウェンが胸を張ってそう言うと、スミスはひとつ息を吐き、わずかに眉を上げた。
「……そうか。なら、俺はカウンターに戻るとしよう」
そう言って椅子から腰を上げかけたその瞬間――
「おじさん」
アヤコが穏やかな声で呼び止めた。
「もしよければ、おじさんの目からも意見を聞かせてほしいんです。開発面での判断を、信頼していますから」
スミスは動きを止め、少し目を細めると――「ふむ」と短く呟き、無言のまま再び椅子に腰を下ろした。
「ありがとう。おじさん」
アヤコが柔らかく礼を述べると、ウェンは満足げに頷く。
「クロ、アヤコ。座って」
そう言って手早く端末を取り出し、数度タップするとホログラムが展開される。
椅子に腰を下ろすクロ。その隣にはスミス、向かい側にはウェンとアヤコ、そしてアヤコの肩にはクレアが小さく身を丸めて座っている。
簡素な会議室の空間に、青白いホログラムがふわりと浮かび上がった。
映し出されたのは、かつてクロが提案した“スライムを応用した武器”――だが、その構造は以前よりはるかに洗練され、無駄のない線で構成されていた。
「――できたよ、設計図! これなら、開発費出せるでしょ!」
ウェンは胸を張り、隣のアヤコもどこか誇らしげに頷く。
そして始まる、ふたりによる“技術プレゼン”。
最初に映されたのは、細身のロッド型兵装――その名も「スラロッド」。
ウェンが操作するたび、武器の各部が拡大され、シンプルかつ実用的な設計が浮かび上がる。
「これはね、前にあれこれ機能を統合しようとしてたけど……全部やめた。一つの役割に絞ったんだ。攻撃用、専用ロッド。見た目は軽いけど、威力は保証付き!」
その声には、技術者としての誇りと、少女らしい勢いが混ざっていた。
「クロの希望通り――瞬時に展開できる仕様にしたよ。それと、長さは1mから最大5mまで調整可能」
ウェンはそう言って、ホログラムに浮かんだロッドの鍔部分を指し示す。
「ここ、見て。このメモリ付きダイヤルで、展開段階を切り替えるの。数字は“1”から“5”まである」
続けてアヤコが前に出て、映像のロッド先端を指差した。
「“1”から“3”までは、上方向だけにスライム構造が展開して、単純な棍として扱える設定で、“4”と“5”は両端から伸びるの。上下っていうか、“前後に拡張”する感じで。長さが一気に伸びて――両手で振り回す“戦棍”みたいに使えるよ」
「……つまり、アクション映画の主人公みたいに、振り回せるってことですね」
クロが軽く頷きながらそう言うと、ウェンとアヤコは同時に胸を張って満足げに頷いた。
その光景を、スミスは何も言わずに眺めていた。彼の視線は、ホログラムに浮かぶ設計図へと静かに注がれている。
設計図に目を落としたその眉が、ほんのわずかに動いた。わずかな感嘆――あるいは、驚きの色。だが、彼は口を開こうとはしない。ただ、長年の経験に裏打ちされた目だけが、その構造を丹念に追っていた。
そしてクロは、椅子に深く座り直すと静かに頷いた。
「……面白いです。構造も、実用性も。これなら――実戦でも通用しますね」
その言葉に、ウェンの頬がふっと緩む。アヤコも小さく安堵の息を吐いた。
やがてスミスが、ぽつりと呟くように漏らした。
「……よく作ったな。お前ららしい、潔い構造だ」
それは、最小限の言葉でありながらも、最大級の称賛だった。