偽装完了、最強種の新たな居場所
「じゃあ――クロ。まずは“顔”から行こうか」
アヤコがくるりと宙返りを打ちながら、浮遊しつつ本体の巨大な頭部へ近づいていく。
「角をもっとシャープにして、全体にもう少し“ツヤ感”出せないかな? 質感そのままでもいいんだけど……今のままだと“生物的”すぎるんだよね。金属っぽさが欲しい」
その口調には、もはや恐怖の影などなかった。むしろ、目の前の存在に“触れられる喜び”を素直に楽しんでいるようだった。
ほんの数時間前まで、恐れられていたはずのバハムート。けれど今――その正体が“クロ”という名の、人に近い存在であることを知った今、アヤコの中には温かな感情が芽生えていた。
(最強の化け物。でも――中身は、ただ不器用なだけの、優しい“人”だ)
浮かびながら、そんなことを思っていると――
「お前たち……そんなのんきにやってたら、日が暮れるぞ」
シゲルが重たいため息を吐きながら、エアカーの方からふわりと戻ってくる。
「クロ、お前はまずこれを見ろ」
そう言って、手元の端末を操作すると――
本体の頭部前方に、ホログラムが展開される。そこには、どこか懐かしさを感じるスーパーロボットの設定画――おそらく古いアニメの資料が映し出されていた。
力強い輪郭。シャープな角。重厚でありながら流れるようなシルエット。金属の光沢を持ちつつ、どこか神格的な存在感も漂わせるデザイン。
「な? こういうのが“王道”ってやつだ。カッコいいからロボットに擬態したんだろ?」
ホログラムに映る、古き良きスーパーロボットの姿――シャープな角、重厚なボディライン、そして威厳と洗練を兼ね備えたデザイン。
その画面を見ながら、アヤコは思わず声を漏らした。
「おお……これ、めちゃくちゃカッコいいじゃん!」
その声は純粋な感嘆だった。もはや“最強種”への警戒ではなく、ただ単に「格好良さ」への素直な反応。
無重力の静寂に包まれたドック内――数時間前まで恐怖と緊張に満ちていた空間に、ふっと柔らかな熱が生まれていた。
少しずつ、確実に――“クロ”という存在が、ただの伝説や脅威ではなく、同じ世界に生きる一人として見られはじめていた。
クロは無言でひとつ頷き、ゆっくりと目を閉じた。
「――今から擬態を修正する。少し離れていてほしい」
その一言に、アヤコとシゲルは頷き、無重力空間を滑るようにしてエアカーのそばへ退避する。
そして、静寂の中――変化が、始まった。
黒き巨躯が微かに震えたかと思うと、外殻に走る赤と金の紋様がゆらりと波打ち、熱を孕んだように色を深めていく。
――変質が始まった。
肩部の装甲が盛り上がり、鋭角的に再形成されていく。流線的だったラインが、より重厚に、より“力”を感じさせるデザインへと変化していく。
角はよりシャープに。胸部装甲は、戦旗のような広がりと層構造を持ち、紅と金のパターンがより強く主張するようになった。
それはまさに、“戦神”という言葉にふさわしい風格。
だが――変化の過程で失われたものは、何一つなかった。元の“生物的リアリティ”は保たれたまま、見た目だけが機械へと再構築されている。
皮膚も筋組織もそのままに。あくまでこれは――生きた擬態。だが、誰が見てもそれは完全な“機体”だった。
そして、変化が完了する。
そこに静かに横たわっていたのは――紅と漆黒を基調とした、鋭利なシルエット。
仰向けのまま、ドックの光を受けてその巨体はゆっくりと変質を終えていた。双角は王冠のようにそびえ、流麗な翼は床のない無重力空間で静かに広がっている。その外殻には鈍い金属光沢が浮かび、紅と金の装飾が“美”と“威”の両極を同時に主張していた。
クロの金色の眼が、ふと横へ動き、ドック奥のエアカーを正確に捉えた。
「……これで、どうだ?」
その姿は、まさに最強たる竜の威容をまといながら、誰が見ても“機体”にしか見えない――極限まで完成された、完全なる擬態だった。
だが、沈黙を破ったのはシゲルだった。
「……瞬き、してるな。やめたほうがいい。ロボットがまばたきするのは、正直気味が悪い」
その言葉に、アヤコも軽く首をかしげながら同意する。
「うん、確かにちょっと不気味かも……目だけ妙に“生きてる感”が出ちゃってるんだよね。せっかく完璧なのに」
その指摘に対して、仰向けに寝たままのクロが静かに答える。
「……無理だ。俺は“生物”だ。目の潤いを保つためにも、視神経に対する保護のためにも、瞬きは自然に行われる」
金色の目がふたりをゆっくりと捉える。
「それを“止める”ことは、俺にはできない。……無意識に、反射的に起こる生理現象だ。抑える方法は――今のところ、ない」
少し困ったような口調ではあったが、それは正直な“生き物”としての限界だった。
「なるほどね……じゃあ、そこはどうカバーするかを考えないとだね」
アヤコは口元に指を当て、わずかに眉をひそめながら思案する。
「まばたき自体は止められないんだし……じゃあ、スキャン用のポーズだけ目を閉じて“静止状態”っぽく見せるとか。それか、光反射の処理で目元をぼかす……」
横で聞いていたシゲルも腕を組んだまま、苦笑気味に頷く。
「まあ……生き物なんだし、完璧なロボットにするのは無理があるな。だったら――もういっそ、“視覚保護用バイオ・ワイパー機構”って設定にして押し通すか?」
その案に、アヤコがぱっと顔を上げた。
「それ、いいじゃん! バイオ機体の目の保護膜って言い張ればいける!」
「大事なのは理屈じゃない。“納得できそうに見える理由”があれば通るんだよ」
シゲルは小さく肩をすくめながらも、技術者としての視点で現実的な“落としどころ”を冷静に見極めていた。
「見た目も仕様も、今の状態なら十分“機体”として通せる。書類と映像データの整合性さえ取れれば、登録は可能だ」
言いながら、ふと表情を引き締める。
「……ただし、懸念材料が一つある」
その一言に、クロの金色の眼が微かに動いた。
「IDやコックピットとは別の問題か?」
シゲルは頷く。
シゲルの視線は、仰向けに横たわるクロの巨体に向けられていた。
「そうだ。もっと根本的な話だ。――その“サイズ”だよ」
言葉に込められた重みを、クロはすぐに理解する。
「お前の全高、ざっと300mだったな? ……それは、常識の範囲をはるかに超えてる」
「そんなにデカいのか?」
クロがぽつりと問い返すと、シゲルは頭を抱えたくなるような顔をした。
「デカいどころじゃない。普通のロボットってのは、せいぜい15m。大型でも100m級が限界だ。それを一気に超えてくる300m級なんて、存在そのものが“おかしい”んだよ」
数字としては、クロにとって小さくした“つもり”だった。しかし、その感覚は――あまりにもズレていた。
「そこも、どうしようもない」
クロは静かに言葉を続けた。
「元々、数キロ単位で存在していた本体を、どうにかこうにか内へ内へと圧縮して――ようやく、このサイズだ。戻ることはできるが……これ以下に“縮める”のは不可能だ」
「…………ねぇ、それ。見てみたい」
アヤコがぽつりと呟いた瞬間――
彼女の頭に、シゲルの拳骨が無言で振り下ろされた。
「言わなくてもわかるな?」
「あいっ!」
短く返事をしつつ、涙目になって頭を押さえるアヤコ。
その横で、シゲルはクロへ視線を向け、ふと現実的な問いを投げかける。
「クロ、お前……戸籍、持ってないんだな?」
その問いに、クロはまったくためらいなく答えた。
「当然、ない。そもそも――俺が“登録できる”わけがない」
シゲルは深く頷くと、ほんの少しだけ口元をゆがめて笑った。
そして――次の瞬間、唐突にとんでもないことを口にした。
「だったら……お前、俺の“養子”になれ」