ハンターギルドと黒髪の少女
「すいません。何か仕事はないですか?」
窓口に現れたのは、年端もいかない少女だった。年齢は、おそらく十二歳ほど。小柄な体に、腰まで届く黒髪のロングヘア。まだ発育途中ではあるものの、その顔立ちには将来を思わせる美しさの片鱗が宿っていた。
だが――
彼女が纏う“圧”は、明らかにその外見とは釣り合っていなかった。その場の空気ごとねじ伏せるような存在感。十二歳の少女が持つものとは、とても思えない。
「……お嬢ちゃん。ここがどこかわかって言ってるのか?」
カウンター越しに座っていた男が、怪訝そうに眉をひそめた。その声には、困惑と、ほんの僅かな警戒が滲んでいた。
「いや、ここに来れば仕事があるって聞いたんだが?」
少女は首を小さく傾けながら、怪訝そうな声でそう答えた。声はまだ幼く、だがその響きには、年齢不相応な落ち着きがあった。
「…………武器は?」
男が一拍置いて問いかける。
「ない。だが、強い」
言い切る口調には一切の迷いがなかった。
「…………機体は?」
「ある」
「…………船は?」
「ない」
しばし、沈黙。
カウンターの男は、額に皺を寄せたまま、じっと少女を見つめた。普段なら即座に追い返しているところだが、その底が知れない“圧”に、否応なく興味を引かれてしまう。
「最後に聞く。人は……殺せるか?」
「できる」
即答だった。少女は一切の迷いなく、まっすぐに男の目を見返している。
「身元を証明できるものは?」
「ない」
「……ない、だと? お前はいったい、何者なんだ?」
男の目が細くなる。警戒が色濃く滲んだ。
「仕方がない。寝ていたところを襲われて、荷物を奪われた」
静かにそう告げた少女に、男は眉をひそめた。襲われたというには、あまりにも身なりが整いすぎている。
無地のシャツに黒いハーフパンツ。確かに簡素な服装ではあるが、汚れ一つない。それが、逆に不自然だった。
「……まあ、いい。ようこそ、ハンターギルドへ。ここに名前を書け」
男は端末を操作し、受付ディスプレイを起動する。少女は、ためらいもなくペンを取り、さらさらと書き込んだ。
――名前は、『クロ』。
「クロ、だけか?」
「駄目か?」
「いや……いいだろう。説明は、いるか?」
「お願いしたい」
その返事にも、一点の曇りもなかった。まるで、それが当然であるかのように。
「わかった。ついて来い。……しかし、機体があるのに襲われたのか?」
男の指摘はもっともだった。
「これから受け取る予定だった。だから、まだない。……野宿なんてするんじゃなかった」
「……このご時世に野宿? しかも、ここはコロニーだぞ?」
受付の男は、呆れたように眉をひそめた。
「……まあいい。いろいろ言いたいことはあるが、詮索はしない。俺はグレゴ。このギルドの職員だ」
「よろしく」
短く返すと、ふたりは会話を交わしながら階段を上がり、二階の一室の前で足を止めた。
グレゴがノックする。
「すまん。初心者を一名お願いする」
「わかったわ。どうぞ」
ドアがスライドして開く。中はこぢんまりとしたデータ室だった。
「よく聞いておけ。俺はカウンターに戻る」
そう言い残すと、グレゴは踵を返して去っていった。
「新人が……少女ね。早く座って」
「はい。お願いします」
クロは室内に足を踏み入れると、物珍しげに室内を見回し、静かに席へと腰を下ろす。
「ようこそ、ハンターギルドへ。私はジン」
そう名乗った女性は、身体のラインが際立つセクシーな服装をしており、クロの視線が思わずそちらへ向く。
「あの……胸、もう少ししまってください」
「あら。気になる? ウブね」
艶然と笑いながら、ジンは逆にジッパーを少し下ろした。
「女同士、気にしないで。窮屈なのよ」
そう言って椅子にもたれかかると、説明を続ける。
「さて、説明と言っても――ほとんどないわ。賞金首とか依頼対象を狩って稼いでいく。それだけ」
そう言いながら、ジンは手元の端末を操作し、ホログラムのデータ一覧を空中に表示していく。
「見てわかる通り、世の中には悪いやつが山ほどいるわ」
一覧には、顔写真付きの指名手配犯や、犯罪歴のある傭兵たちのデータがずらりと並んでいた。
さらに画面が切り替わり――
「それから、厄介な生物も多いの。で、今いちばん危ないって言われてるのがこれ」
そこに大きく映し出されたのは――
漆黒の巨体。鋭利な角と、翼を広げた堂々たる姿。
“バハムート”。
「…………これは」
クロの瞳が見開かれる。無表情に近かったその顔が、明らかに驚きに染まった。
「ここよりもっと離れた外縁宙域に出没した、通称バハムート。だけど――狙うのはやめたほうがいいわ」
ジンの声は、先ほどまでの軽やかさとは打って変わって静かだった。
「それを狩ろうとしたハンターは……今まで、誰ひとり帰ってこなかった。全員、消息不明よ」
「…………そうですか」
クロは静かに呟き、視線を伏せた。
「でも、怖がらなくていい。こっちの宙域では目撃されてないし、こちらから手を出さなければ無害。おとなしくしていれば、被害も出ないわ」
ジンは肩をすくめ、軽く笑みを浮かべたが――
クロの表情は、どこか複雑だった。感情が読みにくいその瞳の奥に、何かが揺れていた。
「以上。あとは実戦で慣れていってね」
「わかりました。ありがとうございます」
「わからないことがあったら、いつでも聞いてね。私はここにいるから」
ジンはそう言いながら、額の汗をぬぐい、胸元のハンカチに手を伸ばす。
「しかし……暑いわね。空調が効いてないのかしら」
谷間に流れる汗を拭うその仕草に、クロの視線が思わず逸れる。
「すいません……女同士でも、その……少しだけ……」
「あら、気にするのね? うふふふふっ」
ジンは艶やかに笑うと、軽く手を振った。
「またね、クロ」
「……はい」
クロは一礼すると、部屋を後にし、静かに階段を下りていった。