ロボットらしさの代償と、クロの決意
「さて……これで、俺の秘密はすべて話した」
クロは無重力の中で静かに言葉を置いた。
「何か質問はあるか?」
しばらくの沈黙ののち、アヤコが少し首をかしげながら口を開く。
「……本体って、あの後ろにいる“でっかいの”なんですか?」
その声には、さっきまでの硬さが和らぎ、少しずつ“いつもの調子”が戻りつつあった。
クロは頷く。
「そうだ。元々はもっと大きかった。……頑張ってこのサイズまで縮めたんだ。あとは見た目を“ロボットっぽく”擬態してるだけ」
「だから、IDとコックピットの処理に困ってたんだね。でも、正直……それでも、まだ“でかすぎる”と思うよ?」
アヤコがやや呆れ気味に肩をすくめると、クロは逆に首をかしげる。
「そうか? 俺的には、かなり頑張って“小さく”したつもりなんだが……」
そして、ためらうことなく続ける。
「これ以上は……正直、もう無理だ」
その一言に、アヤコとシゲルは顔を見合わせて、思わず小さく吹き出しかける。ようやく――ほんの少し、緊張が緩み始めていた。
「……俺からも、ひとつ聞きたいことがある」
シゲルがふと姿勢を変え、正面からクロを見据える。
「なぜ、“ロボット”に擬態した?」
その問いには素朴な疑問と、少しばかりの困惑が混ざっていた。
「擬態するなら、たとえば戦艦とか。もっとサイズ的にも自然な選択肢があるだろ。わざわざその形にした理由は?」
クロはほんのわずかに沈黙し――答える。
「……カッコいいから、だが?」
間の抜けたような答えに、シゲルの眉がぴくりと跳ねた。
「……それだけか?」
「それだけだ」
即答だった。何の迷いもない。
シゲルは、しばらくの沈黙のあと、ふぅと肩を落としながら小さく笑った。
「お前……ほんとに、“最強”って恐れられたバハムートなのか……?」
呟きには呆れと、ほんの少しだけ――親しみが混ざっていた。
「ああ、最強種のバハムートであることに――間違いはない」
クロはゆっくりと、己を示すように両手を広げて続けた。
「……けれど同時に、女神に騙され、ただ命じられるままに数千年を過ごした――無知な少女でもあるんだ」
その告白に、アヤコとシゲルが無言で顔を見合わせる。
そしてクロは、真正面からふたりに問いかけた。
「……教えてくれ。どうすれば、俺は“ロボットっぽく”なれる? どうすれば――俺、この機体を、正式に登録できる? IDとコックピットの問題を……どうすれば、解決できる?」
真剣な眼差しがふたりに向けられる。それは威圧でも懇願でもなく、“助けを求める”という、ごく人間らしい姿だった。
アヤコが小さく息を吐き、肩をすくめる。
シゲルはふっと口元を緩め、いつもの調子で言った。
「……わかった。協力してやろう」
「でもね――」
とアヤコが指を立てる。
「料金はしっかりもらうからね? 格安ではないぞー?」
その言葉に、クロは小さく笑って頷いた。
「……ああ。俺――いや、わたしは“クロ”」
自分の胸に手を当てる。
「ただの少女だ。それで……構わない」
「――なら、さっそく取りかかろうか」
アヤコが浮かびながら、じっと巨大な本体を見上げて言う。
「もう少し……金属っぽい光沢って出せない? 今の質感もすごいけど、やっぱ“機体登録”ってなると見た目は重要だし」
クロは静かに頷いた。
「……了解。いったん分身体から本体へ意識を戻す」
そう言うと、少女の姿――分身体は無重力の中でふわりと本体の巨体へ近づき、装甲に手を触れた。
その瞬間、まるで光が溶けるように分身体は姿を消し、本体と一体化する。そして――次の瞬間、バハムートの巨体から、直接声が響いた。
「……あ~、聞こえるか? 声が大きすぎたりしないか?」
その声は低く響いていたが、無駄な威圧はなかった。むしろ、調整を気にする様子に、シゲルとアヤコはほんのわずかに肩の力を抜く。
「……いや、大丈夫。ちょっとびっくりしたけどね」
アヤコが苦笑しながら答えた。
そのまま、浮遊しつつ本体の周囲を回り込みながら、目を輝かせて言う。
「なるほど……これが“中の声”ってやつね。そりゃあ、コックピットが要らないのも納得。それと……呼び方なんだけど、“クロ”でいいの? それとも“バハムート”って呼んだ方がいい?」
アヤコの声には、純粋な好奇心が混ざっていた。
クロは一瞬間を置き、静かに答える。
「クロで構わない。バハムートも、クロも――どちらも“俺”だからな」