表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
18/466

語られた素顔、最強種の孤独

 無言が続く。


 静寂というより――言葉が許されない空気だった。その中心に立つのは、“破壊”の象徴とすら言える存在――バハムート。


 ただ“いる”だけで、重力のないはずの空間が圧し潰されるような重みを持っていた。


「……もう、引き返せません」


 沈黙を破ったのはクロだった。


 その声に、わずかな責めも戸惑いもない。ただ、選んだ結果を“告げる”だけの声音。


「選んだのは――貴方がたです」


 言葉の意味を咀嚼する前に、シゲルの喉から声が漏れた。


「……それを……言うか……」


 無重力下、彼の額から浮かび上がった汗が、ぷかりと空中を漂う。それを払いもせず、彼はなんとか言葉を紡いだ。


「――聞きたいことがある」


 その声には、恐怖とも怒りともつかない、不明瞭な感情が滲んでいた。


「その少女は……一体どういうことだ? 誰かを取り込んだのか? 犠牲にしたのか……!?」


 それは叫びに近かった。怒声にも、悲鳴にも聞こえた。だが、クロの反応は――変わらない。


 目を細め、ゆっくりと首を横に振る。


「違う」


 静かに、はっきりとした口調で告げた。


「これは――俺の“分身体”だ」


 アヤコが、小さく息を飲む。


 クロは視線を前に向けたまま、語る。


「少女の姿は……俺のせいじゃない。何度やっても、この姿になった。ただ、それだけのこと」


 一瞬だけ、わずかに肩をすくめた。


「俺だって本当は……もっとイケメンで、細マッチョな男性型を作りたかった。でも、どうしても出来なかったんだ」


 そこにこもっていたのは、自嘲でも誤魔化しでもなく、――長い時間の末に、とうに諦めて笑うしかなかった者の“素直な本音”だった。


「……イケメンになりたかった? お前、破壊を楽しむ存在じゃないのか?」


 シゲルの問いは、皮肉混じりの吐き捨てだった。


 だがクロは、微塵の反応も見せない。


「違う」


 即答だった。


「俺は破壊を楽しんだことなんて、一度もない」


 シゲルの目に怒気が宿る。


「だったら、なんで――ハンターたちを殺した!」


 その叫びは、怒りと困惑と恐怖がないまぜになった声だった。


 その場にいたアヤコも思わず振り向き、クロを見た。


 しかしクロは、やはり淡々と答える。


「……それは、“襲ってきたから”としか言いようがない」


 静かな声音に、取り繕う様子は一切なかった。


「いいか。俺は好きで殺したわけじゃない。ただ――降りかかる火の粉を、払っただけだ」


 その言葉は、ただの言い訳ではなかった。むしろ、それ以上でも以下でもない“事実”だった。


「襲ってこなければ、俺は何もしない。逃げる者がいれば、追わない。それでも、向かってきたのは――向こうだ」


 ほんの少しだけ、クロの目が細められた。


「……それだけの話だ」


 クロはふと、無重力の空間に漂うように視線を上げた。


 虚空の天井――その先の遥かな宇宙を仰ぐ。


「……俺はな、何千年ものあいだ――女神の指示で、ただ退屈な世界を“監視する”だけの存在だった」


 その声は静かで、どこか乾いていた。怒りでも、悲しみでもない。それは、あまりにも長い孤独を飲み込んだ者の、穏やかな語りだった。


「何も起きない。誰も動かない。ただ、延々と“平和”という停滞を見つめ続けていた。それでも……それが俺の“使命”だと、信じていたんだ」


 わずかに視線を落とす。


「――でも、ある日。女神は、こう言った」


 短く、淡く、声を落とす。


「“ごめん、なくなっちゃった”……と」


 アヤコも、シゲルも、言葉を失ったまま黙っていた。


「それで、終わった。何千年も続いた監視が……たった、その一言で、消えたんだ」


 小さく息を吐く。


「だから、思った。“もう死のう”ってな」


 短く笑うようにして言うが、その声には笑みの影もなかった。


「……でも、死ねなかった。死ぬことすらできなかった。代わりに残ったのは――“絶望”と、“自由”だった」


 その言葉に、空気がわずかに震えたような錯覚すら覚えた。


「……わかるか。数千年ぶりに得た、本物の自由が……どれほど、素晴らしかったか」


 拳を強く握るわけでもなく、声を荒らげるわけでもなく、ただ――感情だけが言葉ににじんでいた。


「俺は確かに、喜び勇んで飛び出した。……それが、警戒を招いたのかもしれん」


 そこで、ゆっくりと二人の方へ視線を向ける。


「けれど、“挑む”というのは――それだけの覚悟があるということだ。だから俺は、それに応じた。ただ、それだけだ」


 クロの独白を聞き終えたアヤコは、無重力の中でわずかに浮かびながら――恐る恐る口を開いた。


「……クロは、なにがしたいの?」


 その問いに、クロはほんの少し目を細めた。だが、返ってきた答えは驚くほどあっさりとしていた。


「簡単なことだ。――美味しいものを食べて、楽しいことをして、世界を見て回る」


 言葉は平坦。だが、その中に宿る感情は決して軽くなかった。


「ただ、それには“金”が要る。だから俺は――ハンターになった」


 その答えに、アヤコは少しだけ口を開いたまま固まり、やがて、静かに問い直す。


「……それだけ?」


 クロは、静かに。けれど、深く頷いた。


「それだけだ」


 短く言い切ったあと、ほんのわずかに目線を遠くへ向ける。


「お前たちには……きっとわからない。その“普通のこと”が、どれほど幸福か」


 アヤコは息を飲む。クロの声には、自嘲でも皮肉でもなく――ただ純粋な“羨望”があった。


「“自由”っていうのは、得た瞬間に気づくんだ。……それが、何も保証しないことだってな」


 淡く笑うような、乾いた響き。


「自由を得た。でも――何もできなかった。食うにも、泊まるにも、見て回るにも、“金”がいる。……そのとき初めて知った。俺は、ただの“何も持たない者”だったんだ」


 その声はかすかに力を抜きながらも、鋭さを失わない。


「……仕事をしようにも、この体じゃ限られてる。人と混ざることも、雇われることもできない。だったらもう、選択肢は一つしかなかった」


 ゆっくりと、クロはアヤコとシゲルの方へと向き直る。


「――だから、俺は……ハンターになった」


 その言葉のあと、ふっと短く、吐くような息をこぼした。


「……何が、最強種だよ」


 静かに、けれど確かに滲む自己嘲。


「ただの、世間知らずでしかない」


 目線を少し落としながら続ける。


「端末の使い方だって、昨日の夜、やっと覚えたばかりだ。俺が“知ってる”のは、戦い方だけ。それ以外のすべては――空っぽだ」


 言葉はどこか淡々としていたが、その淡白さがむしろ重く響いた。


「料理もできない。アヤコやシゲルさんのように、物を作ることもできない。戦えはするが……それ以外のことは、何も」


 そこで言葉を切り、わずかに目を細めた。


「……皮肉だろ? “最強”だなんて言われながら――日常ひとつ、送れない」


 クロの言葉に、嘆きの色はなかった。ただ淡々と――悲しい“事実”を語るだけだった。


 沈黙の中、アヤコが口を開く。


「……もうひとつ、聞いてもいい?」


 その声には、もはや恐れはなかった。代わりに宿っていたのは――ほんの少しの、悲しみだった。


「その力で……世界を征服しようとは思わないの?」


 クロは、ゆっくりとアヤコの方を向く。


 そして、わずかに首を横に振った。


「――なぜ?」


 その返しは問いに対する問いだった。


「無意味だからだ」


 淡々とした答えが返る。


「たとえ世界を支配したとして……それは“自由”と呼べるのか? 誰かを押さえつけて得る権力に、どんな意味がある? そこにあるのは、ただの“退屈”だ」


 少しだけ視線を遠くに泳がせる。


「正直に言う。俺が欲しいのは、たわいのない会話だ。誰かの、ありふれた日常だ。それを踏みにじって得られるものに――価値なんて、ない」


 その言葉は、静かで、重かった。


 最強の存在が語る“ちいさな願い”。それは力への否定でも、諦めでもなく――ごく当たり前の感情だった。


「……なら、元の星でもできたんじゃないの? そういう、普通のこと」


 アヤコの素朴な疑問に、クロは首を振る。


「無理だ」


 言葉はあまりにも即答だった。


「俺の存在は……あの星では“神”にも等しいものとして扱われていた。そんな存在が、日常の輪に溶け込めるわけがない。たとえ分身体で紛れても――ただ、退屈だった」


 そこには、どうしようもない隔たりの話があった。


「それに……何千年ものあいだ、俺を縛りつけていた星を、心から楽しめると思うか?」


 クロは、ふっと息を吐き、目を細める。


「だから、俺は旅を選んだ。――世界を巡る方が、よほど有意義だと思わないか?」


「それは……そう、かもね」


 アヤコは小さく頷いた。その声には、もう軽さはなかった。


 しばしの沈黙のあと、クロがふたりに問いかける。


「……俺が、恐ろしいか。アヤコ。シゲルさん」


 その問いに、アヤコはわずかに間を置いて、はっきりと答える。


「……いや。そうは、思わない」


 短く、けれど迷いのない言葉だった。


 シゲルはふぅと息をつき、頭をかいた。


「……正直、怖いには怖い。けどな、それ以上に……お前のことが、哀れだと思った自分がいる」


 それは怒りでも侮蔑でもない――ただ本音だった。


「……よくわからんな、お前は」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
散発的なバハムートへの攻撃が数回起こった程度に思ってたから、シゲルが怒り?を示して詰問するのに違和感あった。 超有名で大虐殺って言えるくらいの被害があったと考えていいの?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ