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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット

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ソラと走る、初めての街路

 デパートの搬入口では、サイクルショップで購入されたばかりのルテファ社製フラグシップモデル――『ソラ』の最終調整が行われていた。


 ブルーの車体はスタンドでしっかりと固定され、作業を進める店員がひとつ息を吐き、苦笑を浮かべながら呟く。


「まさか“今日、今すぐ乗りたい”なんて言われるとは思わなかったよ。在庫があって助かった」


 そう言いながら、オプションで追加された端末ホルダーと、それに連動するロックキーの取り付けに手を伸ばす。


「すみません。この後、いくつか店を回らなきゃいけなくて……」


 申し訳なさそうに頭を下げるクロに、店員は「いいって、気にしないで」と軽く笑い返しながら、装着作業を終えた。


 続いて、クロの身長に合わせた車体の微調整に入る。


「じゃあ、またがってみて」


 促されるままに跨ってみるが――


「……あ、全然、足届かないですね」


 サドルに座ったまま足を伸ばすクロを見て、店員はすぐに察したように頷き、工具を手に取る。


「降りていいよ。一番下まで下げれば、たぶん大丈夫」


 慣れた手つきでハンドルとサドルの高さを調整し、ロックをかけ直す。


「お待たせ。これでバッチリです。――ゴーグルと端末のリンクも済んでる?」


「問題ありません。地図もルートも、ちゃんと表示されてます」


 クロが頷くと、店員は最終確認としてサイクルの中央部を指差す。


「じゃあ、端末をハンドル中央にセットして。接続されるとロックが外れて、スタンドも自動で畳まれるから」


「了解です」


 クロは小さく返事をしながら、静かに端末を差し込んだ。


 短い電子音と共にロックが解除され、スタンドが滑らかに折りたたまれる。


 車体は、彼女の小柄な体でも片手で支えられるほどに軽かった。


「改めて、軽いですね」


 感心したように呟くと、店員が笑いながら応じる。


「それも売りのひとつだしね。道路の飛び出しには気をつけてよ」


「はい。ありがとうございます」


 クロは車体にまたがり、つま先でなんとかバランスを取る。サドルを下げても、足がしっかり地面に着くには少しだけ足りない。


 それでも、感覚を慎重に整えながら体重を預けると、車体はふらつくことなく安定した。


「あと、値段もそれなりにするから。盗まれないように気をつけてね」


 そう言われ、クロは思わず背筋を伸ばして深くお辞儀を返す。


「気をつけます」


 そのまま足を踏み出し、車体を押しながらゆっくりと搬入口を離れる。踏み込みと同時に、後輪のエアタンクが反応し、空気を吹き出すような音が一瞬だけ響いた。


 ――次の瞬間、車体は音もなく加速する。


 地面を滑るように進む感覚。重さも引っかかりも一切なく、まるで空気そのものに乗っているかのような走行感。


(……すごい)


 視界の端でゴーグルのHUDが自動で切り替わり、表示された速度は――時速30キロ。


(ほんの少し踏み込んだだけなのに……)


 クロは驚きを隠せなかった。


 ゴーグルのUIには、次の交差点で右折すべきルートが矢印で示されており、周囲の車両情報や歩行者と見られる熱源までもが、視界の端にアイコンとして表示されていた。


「ぶつかることはないけど……UIは後でカスタマイズした方がいいかも」


 走行中でも無理なく確認できるレイアウトとはいえ、情報量がやや多すぎた。クロはそう独り言を呟きながら、軽やかに右へとターンする。


 UIに表示された地図のおかげで、道に迷うこともない。次の目的地――戦艦や輸送艦を扱うミリタリーショップへと、迷いなく辿り着いた。


 施設の駐輪エリアにソラを停め、ロックをかける。HUDのロック確認サインが緑に変わったのを見届けてから、クロは店内に入った。


 そこでシゲルに頼まれていた備品やパーツ類を一括で注文し、配達先のドックを指定。支払いと領収処理を終えると、また次の目的地へ。


 その繰り返し。


 けれど、それがまるで苦ではなかった。


 乗り心地の良さに、クロは幾度となく感動しながら各所を回っていった。驚くほど軽く、静かで、そして反応が良い。すべての地点を、迷うことなく、そして一切の道間違いなく走破していく。


「……迷わなかった。悔しいけど、このゴーグルのおかげか」


 誰にともなく、ぽつりと呟く。けれど、その声音にはどこか清々しさすら混じっていた。


 そのとき――ふと、シゲルに言われた“追加の買い物”を思い出す。


「そうだ。あれも買っておきましょうか」


 端末を操作し、目的地にホームセンターを設定する。HUDが即座にルートを表示し、クロはソラのスタンドを解除して再びペダルを踏み出した。


 目的地までは数キロ。けれど、距離を意識するどころか、その時間がむしろ楽しみになっていた。


 風を切る感触。頬をかすめる空気。ぐんぐんと前へ進むソラの感触が、まるで身体の奥に眠っていた記憶を揺り動かすようだった。


 足でペダルを漕ぐ、その動き。かつて自転車に乗っていたあの感覚が、鮮やかに蘇ってくる。


「……久しぶり過ぎる。気持ちいい!」


 思わず漏れた声は、風に乗ってすぐに遠ざかっていった。

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