表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
15/465

300mの真実とジャンク屋の取引

「……持ってはいません。それは本当です」


 クロは表情を変えずにそう答えた。


 だが、アヤコはあっさりと笑い飛ばす。


「な~んだ。じゃあ、どうしてIDとコックピットの“ごまかし方”を探してるの?……本当のこと、話しちゃいなよ~」


 軽い口調とは裏腹に、その言葉はじわじわと刺さるように重かった。


(追及が止まらない……)


 クロは心の中で小さくうめいた。――完全に、間違えた。藁にもすがるつもりで入ったはずが、それが仇となった。


「……いえ。ありません。失礼しました」


 そう言いながら、クロは小さく頭を下げ、足早に出口へと向かう。


 だが――


「あ~あ、なんとかなるのに。いいのかな~?」


 背中越しに聞こえたアヤコの声は、わざとらしいほど大きかった。悪魔の囁きというには軽すぎる。けれど、クロの足はそこで止まってしまう。


「――取引だよ、クロ。見せてくれたら、手を貸す」


 背後から聞こえてくるその一言が、クロの思考をかき乱す。


(……なんでここまで、言い当ててくるんだ?)


(どうして、俺はあんな迂闊なことを口にした……?)


 逃げるべきか、信じるべきか――クロの中で、判断の天秤が静かに揺れ始めていた。


 そして――クロは決断した。


「……条件があります」


 その言葉に、アヤコは目を細める。


「おやおや。IDとコックピットのことだけじゃなくて、条件まで出せる立場なのかな?」


 口調は軽いが、どこか試すような色が混じっている。それに対して、クロの声は――低く、静かだった。


「簡単なことです。私は真実を話します。他言無用。それだけです。もし破ったら――殺します」


 その言葉には一切の冗談も誇張もなかった。まるで“確定事項”のように、淡々と告げられた。


 瞬間、アヤコの表情から陽気さが消える。空気が、少しだけ重くなった。


(……あれ、これって私、わりとヤバいのでは?)


 理性が警鐘を鳴らし始める。けれど、体の奥では――その“静かな殺気”に、別の感情が芽生えていた。


(……でも、知りたい)


 心の奥で、ぞくりとした感覚が湧き上がる。


 やがてアヤコは、ゆっくりと息を吐き、口元に笑みを戻す。


「――いいよ。殺されてもいい。その代わり、見せて。クロの“機体”」


 ふぅ、とクロはひとつ深く息を吐いた。そして、まるで雑談でも始めるような調子で口を開く。


「このあたりに……300m級の機体を置ける場所って、ありますか?」


 ――数秒の沈黙。


「…………は?」


 アヤコの口から漏れたのは、完全に理解が追いついていない声だった。冗談でも、比喩でもなく、ただ素で“意味がわからない”といった表情。


 クロは無表情のまま、重ねるように言い直す。


「300m級の機体です。保管場所が必要です」


 アヤコの顔が一瞬で硬直する。驚きというより、思考の処理が間に合っていないといった様子だった。


 その反応を見ながら、クロは内心で小さく首を傾げる。


(……そんなに驚くことだろうか?)


 クロにしてみれば、むしろ“よくここまで小さくできた”という自負の方が強かった。本来の大きさ――数キロを超える体を、どうにか人間社会に適応できるサイズにまで縮めたのだ。技術的にも精神的にも、誇っていい偉業のはずだった。


 だが――それは、常識という枠からは、遥かに外れていた。


「じいちゃん!!」


 いきなりアヤコが店の奥に向かって大声を張り上げた。


「確か、うちが契約してるドックにさ、500m級の戦艦が停められる貸しドックってあったよね!? 今、空いてる!?」


「うるさい! 聞こえてるっつーの!!」


 返ってきた声は思いのほか元気だった。ほどなくして、奥の作業場からひょいっと姿を現したのは――とても“じいちゃん”と呼ばれる年齢には見えない男だった。


 見た目は20代後半。赤い髪を後ろでひとつにまとめ、アヤコとおそろいの黒いジャンプスーツを着ている。ただし、そのスーツは彼女以上に油とグリスで黒く染まり、“汚い”というより“歴戦の証”と呼ぶにふさわしい貫禄があった。


 彼は工具を片手にこちらへ歩みながら、眉をひそめる。


「いきなりどうした? なんで貸しドックが必要なんだ?」


「いいから貸して!!」


 アヤコが勢いのまま叫ぶ。


「貸すわけないだろ!」


 シゲルが即座に怒鳴り返し、その拳がアヤコの頭上へと振り下ろされる。


 ごんっ、と鈍い音が響いたが――アヤコの頭には、しっかりと跳ね上げたフェイスガードがかかっていた。


「……効かないってば」


 本人はけろりとしている。


 シゲルはため息をつきつつ、クロの方へ視線を向けた。


「で、そこのちっこいの。客か?」


「クロです。……ハンターです」


 クロはそう言って、端末を取り出し、アヤコと同じようにギルド証を表示する。


 シゲルはそれをちらりと確認し、すぐに頷いた。


「そうか。孫がすまんな。アヤコが何か迷惑かけたか?」


「いえ……大丈夫? です」


 言いながらも、クロの返事にはどこか“自信のなさ”と“混乱”がにじんでいた。


「で、なんで貸しドックなんだ? 理由ぐらい説明しろ」


 シゲルの問いに、アヤコは間髪入れず、まっすぐな声で答えた。


「クロの機体を見るためっ!」


「…………」


 その場に、しんとした静寂が落ちる。


 クロはゆっくりとアヤコの方へ振り返り、小さく息を吐いた。


「……さっき、“他言無用”って言いましたよね」


「あっ……」


 アヤコの顔がこわばる。自分で言っておいて、完全に“しまった”という顔だった。


「ごめん……!」


 クロは軽く肩をすくめ、ひと呼吸置いてから言葉を続ける。


「まあ……いずれ、ハンターとして活動していく以上、誰かの目に触れるのは避けられません。ですが――口が軽すぎます。こちらは見せる際、真実を話します。ですので、今回だけは見逃しますが……これ以上は、許しません」


 その声は穏やかだったが、確かな“線”を引く力があった。


 アヤコは反省したように小さく頷き、シゲルはそんな二人を見て、やれやれと肩を回す。


 クロは姿勢を正し、シゲルに向き直る。


「私の機体は――全長300m級です。それを安全に展開できる空間が必要で、そのために貸しドックをお借りしたいのです」


 言葉を切り、丁寧に頭を下げる。


「ご迷惑をおかけすることは承知しています。ですが、アヤコとの約束――“口外しない”という取り決めを、どうかシゲルさんにも守っていただきたい」


 クロは一拍、間を置いてから言葉を続けた。


「……破れば――殺します」


 その声音は低く、静かだった。脅しでも冗談でもない。淡々と事実を告げている、それだけの口調だった。


 まっすぐに向けられる視線に、シゲルはわずかに目を細める。だが、特に動揺する様子は見せなかった。“殺す”という言葉にも、大きく反応はしない。


 ただ、確かに――その眼には、アヤコと同じ“興味”が灯っていた。


「……まあ、確かにな。あの貸しドックは俺じゃないと開けられんしな」


 そう呟いて、シゲルは腕を組むと軽く頭を振った。


「……いいだろう。貸してやるよ。アヤコ、店を閉めろ。俺たちも行くぞ」


「了解~!」


 アヤコが嬉しそうに声を上げ、背後でパネルを操作する。店内の照明が一段階落ち、ジャンクショップの正面には「CLOSE」の文字が点灯した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ