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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット

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142/515

ログアウト不能の真実

「……満足されましたか?」


 クロの声は、相変わらず揺るがない。敵意も怒りもない。ただ、事実を確認するように続ける。


「動かなければ、生きられる時間はまだ増えます。……さて、どうしますか?」


 それは選択肢の提示でありながら、“最後通告”にも等しかった。


『ふざけんなッ! どこまで人を馬鹿にしやがって!』


 ウイングの怒号が、通信に荒く乗る。


『そもそもおかしいだろうが! ダメージが入ってねぇ! チート使ってるだろ、お前!? 卑怯者っ!』


「……まあ、“存在がチート”みたいなものですので」


 軽く受け流すように、クロは肩をすくめる。その直後、わざとらしく考える素振りで、首をゆっくりと傾けた。


「……ああ、でも。もし倒せたら、経験値――そうですね、53万ほど手に入るかもしれません」


 その言葉は、まるで“ご褒美”でも提示するように穏やかだった。


『どこまでも……ふざけやがってぇっ!!』


 ウイングの叫びが空間を揺らす。その間も、バハムートは一方的に斬撃を受け続けていた。


 全身の装甲には無数の傷。中には、深く抉られた箇所すらある。それでも、バハムートは反撃せず、ただ立ち尽くしていた。


 ――そのとき、クロがふと問いかける。


「……最後に確認しておきます。ログアウト、できますか?」


『できるに決まってんだろ! このゲームはフルダイブ型で――』


 その瞬間だった。


 バハムートの巨体が、初めて――明確な“殺意”を帯びて動いた。


 右腕がゆっくりと持ち上がり、手の中に一本の剣が形成される。


 漆黒の重力をまとった剣――《フレアソード》。


 その刃は、質量という概念を無視して存在し、ただ“触れれば終わる”という、圧そのものを帯びていた。


 クロは静かに構える。剣を肩に乗せるようにしながら、淡々と告げた。


「全力で、避けなさい」


 警告だった。忠告でもあった。だが同時に、それは“執行”の合図でもあった。


 一瞬、空間が沈黙に包まれる。そして――バハムートの剣が、振り下ろされた。


 その一閃が走った瞬間、場の“気配”が激変する。


 音も、光も、時の流れすら一拍遅れるかのような錯覚。その一撃には、圧倒的な“死”が宿っていた。


 ウイングは反射的に後方へと飛び退き、なんとか直撃を免れる。だが、その衝撃波は彼の機体の右腕を――肩口からごっそりと、まるで飴細工のように断ち切った。


『う、おおおおっ!? お、俺の……ストームシュトルムの、右腕がぁっ!!』


 悲鳴と怒号が交錯する。


 バハムートは、切断された腕を見下ろすウイングの機体を一瞥し、淡々と告げた。


「“ストームシュトルム”……直訳すると、“嵐の嵐”ですか」


 一拍置き、まるで冗談でも聞いたかのように、わずかに首をかしげる。


「――随分と、風が重なってますね。けれど、その割に吹いてきたのは、ただのそよ風でしたよ」


 その声音には、冷ややかな嘲りも、高ぶった優越感もなかった。ただ、“事実”を、淡々と――容赦なく突きつけるように述べるだけだった。


「ログアウトして逃げるなら、見逃しますよ」


 口調はあくまで穏やか。まるで好意的な譲歩のように聞こえる。だが、その言葉の奥に横たわるのは――“見逃す”という選別者の立場。それがクロとウイングの間に存在する、絶対的な隔たりだった。


『……うるさい! 覚えてろよ、絶対に!!』


 ウイングの怒鳴り声が響く。だが、それは“怒り”というより“逃げ場を探す叫び”だった。


 その言葉と裏腹に、ストームシュトルムは動かない。消えることも、退くこともなく――ただ、虚空に佇んでいる。その異様な静けさに、かすかな焦燥が滲み始める。


 バハムートは、じっとその機体を見下ろしていた。装甲に浮かぶ幾筋もの損傷を観察しながら、ただ静かに、何かを待っていた。


 やがて、通信がかすかに震える。先ほどまで暴言を吐いていた男の声は、次第に掠れていた。


『……な、なんで……なんでログアウトできねぇんだ……?』


 小さく、息を呑むような呟き。画面の向こうから聞こえるその声音には、明らかな動揺と混乱があった。


 その一言が意味するのは、世界の構造そのものへの不信。


 クロは一歩も動かず、静かに言葉を紡ぐ。


「ログアウト……できないんですよ」


 その響きには同情も慈悲もない。ただ、一点の揺らぎもない“現実の証明”だった。


 一拍の間を置いて、追い打ちをかけるように言葉が落ちる。


「……だって、ここは“現実”ですから」


 ウイングは一瞬、返す言葉を見失った。頭の中で何度も“エスケープキー”を探すような思考が巡る。理屈を並べようとしても、声が出ない。


『そ、そんなはずは……そんなはず、あるわけがない……っ!』


 叫ぶように言い返す。だがその声は震えていた。さっきまでの威勢はなく、言葉が自壊しかけていた。


 “ログアウトできない”

 “死ぬことがある”

 “回復は自動で行われない”

 “他者に救済コマンドを送ることもできない”


 次第に、目の前の現象が全て“ゲームの想定”では説明できないことに気づいていく。


 だが、それを認めた瞬間、彼の“世界”が崩れる。だからウイングは、必死で抵抗する。


『ログアウトできないわけ、ないだろ……! これはVRだ……プロローグだって、爺が言ってた……!』


 その叫びに、すがるような必死さが滲んでいた。


 クロは、その崩壊の進行を静かに見つめながら、最後の一言を投げかける。


「……では、試してみてください。ログアウトを」


 それは提案でも、助言でもなかった。ただ、“幻想”を確かめさせてあげる――最期の優しさだった。


 だが、返答はなかった。いや、返答“できなかった”のかもしれない。認識の全てが崩れ落ち、言葉すら出せぬ状態だった――ただ、虚空に呆然と佇むのみ。ウイングの姿は、そこに在るままだった。


 沈黙だけが、唯一の答えとして――場に、重く、残されていた。

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― 新着の感想 ―
うわぁ、騙して悪いがってかぁ……こりゃあタチが悪い。
転生させた奴が意図的に認識を歪ませたパターンかあ
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