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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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第二の転生と始まりの日常

誤字脱字の修正をしました。

ご報告ありがとうございます。

 ホテルマンは、クロの表情の変化を静かに見守っていた。そしてすべての処理が終わると、再び柔らかな声をかける。


「お部屋は七階、701号室でございます。エレベーターは右奥にございます。カードキーは端末に送信いたしますので、トラストホテル専用のアプリをインストールしていただけますか?」


 クロは頷き、《トラストホテル》のアプリ名を思いながら端末のボタンを押す。すぐにダウンロードが始まり、数秒で完了。すべての情報が紐づけられ、カードキーデータが自動でアプリ内に登録された。


「……ありがとう」


「いえ。おやすみなさいませ、《トラストホテル》へようこそ」


 クロは深く頭を下げると、案内された方へと歩き出した。ロビーの照明が背後に遠ざかり、やがてエレベーターのドアが無音で開く。


 誰もいない箱の中。クロは静かに乗り込み、表示されたパネルから“7”を押す。


 ドアがゆっくりと閉まり、微かな振動とともに、静かな上昇が始まった。


 クロは自分の端末に視線を落とす。思い返すようにスクリーンを見つめながら、ぼそりと呟いた。


「……全部、スマホと同じだと思ってた。簡単なはずだって、どこかで決めつけてた」


 誰に向けたわけでもない。ただ、空に投げた小さな独白だった。


「でも……ちゃんと教えてもらえれば、できるんだな。何千年経っても、道具の形が変わっても――本質は、案外変わらないもんだな。……でも、その進化はすさまじい。浮かび上がる画面に、触って、書いて……面白い」


 その声には、小さなワクワクと、どこか嬉しさがにじんでいた。


 やがて、エレベーターが静かに止まり、ドアが無音で開く。


 白く整えられた長い廊下。人工的でありながら、どこか落ち着きを感じさせる清潔な空間が、まっすぐに伸びている。


 クロは足音を響かせることなく進み、指定された部屋番号を確認。端末をかざすと、「カチリ」と小さな音がして、ロックが解除された。


 ドアの向こうには、シンプルながら整えられた室内が広がっていた。


 ベッド。机。シャワールーム。そして窓の向こうには、コロニー内の夜景が静かに輝いている。


 ふと目を向けると、《トラストホテル》の正面にあるギルドの前には、見覚えのある大型ドローンが停まっていた。


(……あいつが、捕まったか)


 そう思ったが、すぐにどうでもよくなった。


 クロは靴を脱ぎ、ベッドの端にそっと腰を下ろす。


 静かだった。


 でも、その静けさが――今の自分には、とても心地よかった。


(今日は……いろんなことがあったな)


 猫の捜索。詐欺グループの摘発。ギルドでの制裁。ホテルでの宿泊、端末の操作、初めての支払い。


 すべてが、転生して“初めて”だった。


 クロはベッドに身を預け、仰向けのまま天井を見つめる。


 そして、小さく呟いた。


「――悪くなかった。いい一日だったな」


 そう呟いて目を閉じたクロは、静かに意識を引き戻す。そして次の瞬間――本体に接続された“意識の核”がゆっくりと覚醒した。


 すっと目を開く。


 視界に広がるのは、無限に続く漆黒の宇宙。その遥か彼方、微かに煌めく一帯に、分身体――クロが滞在するコロニーの姿があった。


「……クロ。俺の名前か。安直な名だが――妙に、しっくり来るな」


 かすかに笑いながら、バハムート――いや、“クロ”は、自らの巨躯を見下ろす。今の姿は、生身の肉体を偽装したもの。まるで金属の装甲をまとったロボットのように見えるが、実際には高度に変質した外皮と筋組織が“それっぽく見える形”を成しているだけだ。


 自身が選んだこの姿。かつての竜の形を変え、あえて“機械の意匠”を纏った擬態。


 その圧倒的な存在感に、自らが苦笑する。


「それにしても……俺が“最高賞金首”になっていたとはな」


 ふと、これまでに襲いかかってきた戦艦や兵器群の映像が思い起こされる。数だけなら、小規模な星間戦争にも匹敵していた。


「……どうりで。次から次へと、やたらと向かってくるわけだ」


 肩をわずかにすくめ、皮肉を込めて呟く。


「向かってきたのは向こうだ。……だが、あれで“最高ランクのハンター”とはな。本気で言ってるなら――その程度で俺を狙うとは、随分と命知らずな話だ」


 苛立ちでも、誇りでもない。ただ、長命を生きた者が語る、乾いた“静かな皮肉”。


 最強種――その名に恥じぬ、圧倒的な暴力。それに立ち向かう者たちは、確かに勇者だったのかもしれない。


 だが――


「……やっと、わかったよ」


 クロは、遥か彼方の星を見つめる。あの惑星で、数千年にも及ぶ画策を続けながら、何も起きなかった理由。無数の種族が争いをやめ、均衡を保ち続けていた理由。


「戦いが無駄だと……あいつらはもう、悟っていたんだな」


 どれだけ統一しようと、どれだけ支配しようと、その先には、必ず“俺”という存在が待ち構えている。


「……無駄だと、気づいたんだ。あの星に、俺がいる限りは――」


 そう呟いたあと、クロは今まさに活動している“もう一人の自分”、分身体のいるコロニーに視線を移す。


「これからが……“第二の転生”だ」


 低く笑うように、言葉を続けた。


「うまいものを食べ、世界を歩き、星々を巡る。ハンターという立場も悪くない。……ただ一つ、世間知らずな自分をどうにかしないとな」


 少しだけ照れくさそうに、マスクの内側で笑う。


「まさか、端末一つに手間取るとは……“最強種”なのにな」


 その声音には、どこか柔らかく――初々しい喜びが滲んでいた。


「……今から、学んでいこう」


 そう言って、クロは静かに目を閉じる。


 意識の核が、本体から分身体へと戻されていく。すべてが滑らかに、自然に、一つへと収束していく。


 ――そして。


 クロはゆっくりと上体を起こした。


 寝ぼけたまま、窓の外へと視線を向ける。夜のコロニー。その向こうには、静かに広がる宇宙の闇。そして、さらにその奥――誰の目にも映らない場所に、自らの本体が、今も変わらず佇んでいる。


「……明日は、どうするか」


 ぽつりと独り言を漏らし、ふと視線を下に移す。視線の先には、ギルド支部。その壁面には、先ほど自分が開けた――見事な穴が、そのまま残っていた。


「……いや、その前に。壁の修理代、稼がないとな」


 小さくため息をつき、クロは再びベッドに身を預ける。今度は、そのまま何も言わず、目を閉じた。


 静かな夜が、柔らかくクロを包み込む。


 その胸の内に、確かに芽生えていたもの――それは、始まったばかりの“日常”だった。

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― 新着の感想 ―
争いの無意味さと小説最初の惑星に関する話との上手い繋がり、美しい
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