見えない現実
この作品は「作家でごはん!」の鍛錬小説サイトさまに乗せたものを、改稿と推敲をしたもので、他の作品も含め、駄目駄目です。
ただそれでもよければ少ない内容なので、すらすらと読んでいただけると光栄です。
どこかで子供が泣いていた。
三日月が輝く夜空の下、カチリカチリと鳴り響く秒針の音だけをBGMにして、俺はブランコを揺らしていた。
緩やかに流れる風が少し肌寒い。もう季節は春だと言うのにどこかこの公園だけ置いていかれたみたいだ。いや春だからこそなのか。
キィ、キィ、とブランコの錆びた金具の擦れる音がする。
小さな子供ぐらいの柵に囲まれた公園。このこじんまりとした場所には、俺の座っているブランコに、落書きやら鍍金剥げだらけの滑り台、黄色のベンチが一つ、そして何故こんなものを置くかよくわからない亀と熊っぽい像が二つ……といってもマンションに囲まれたこの場所は、それなりの広さがあるわけで、子供が十人程遊ぶのなら問題はないだろう。
ただ、もう高校に入学した俺にこの公園で出来ることと言えば、動くはずも無い亀の像をひっくり返そうとがんばってみたり、一歩、二歩で登りきれる滑り台を登るよりも、懸垂のできるブランコで、和式便器に屈むよりは楽な体勢で座るぐらいだ。いや、後は人を待つぐらいか――
左斜め六十度ぐらいの位置に見える三日月は、何が可笑しいのか笑っている。ああそうか俺が首を痛めるから笑っているのか……
それでも、俺は月見……月見、うん間違ってないよな? ただお団子とお茶がないってだけで……まぁ、なんだかんだあってやめるわけにはいかなかった。
時刻はすでに十二時を廻り、そろそろ明日のことを考えて宿題もせず布団に入りたくなる。ああ、暖かくてふかふかのベッドが恋しい。
うつらうつらと、重力も引力も関係ない睡魔という力によって瞼が自然と下がってくる。
平衡感覚が不安定になって、後頭部あたりがぼんやりとしてくる。
三日月の形が少しぼやけて見える。
鎖を握った手が徐々に下に下がり始める。
意識を保とうとするほど、疲れと寒さが重なり返って反動が大きくなっている。後どれぐらい持つだろうか。
「こんばんは。ごめん、ちょっと遅くなったね」
カクン、カクンと縦に揺れ始めた頭を声のした方に向ける。
そこにはこの肌寒いのに半袖の白のワンピースに白い帽子という、流行の先取り、ではなく、季節の先取りをしたような格好の女性がそこに居た。いやそれにしても定番な格好だと、俺は切れ掛かった意識で確認する。
俺はこいつ……いや、この人を待っていたわけだ。
年齢不明。
出身地不明。
名前不明。
性別確認済み。
ただ、わかるのは顔と声、性格それと人間じゃないような感じ。
「いや、大丈夫だ。俺もほんの三十分前ぐらいから居るだけだ」
そう言って俺は少し笑った。これはお約束みたいなものだ。
彼女も少し笑って「待たせたね」と言って、左隣のブランコへと座った。
何でも彼女は日の光が苦手らしい。だからこうやって太陽の無い時間に、親に反対された恋人同士のようにひそひそと会わなければいけないのだ。勿論俺たちはそんな関係じゃない、それに言うなら彼女はドラキュラとかそういう類でもない。
純粋に太陽の光が駄目らしい。理由は知らない、知る由もなければ絶対に知らなくてはならないといった問題でもないだろう? だって夜になれば逢えるのだから。
でもこれで逢うのはやっと両手の指を使っても数え切れなくなる程度で、実際こうやって睡魔に襲われる中、ちゃんとした会話をしている時間というのは実に短い、まぁそれは逢っている間の半分以上は月見ということをしているからだ。
だが、特にべらべらと話そうとも思わなかった。なんとなくだが、初めてあった時それが礼儀なように思えたからだ。
三日月が徐々にケラケラと笑いながら真上まで昇っていく。
いつものように彼女は少しだけ足を揺らして、ただ三日月ばかりを見ていた。
湿った草の匂いと風の子守唄が眠気を増加させる。
「ねぇ、なんで三日月ってあんなに笑っていられるのかな?」
「さぁ、なんでだろうな。きっと今日いいことでもあるんだろ」
多分内容はいつもより光れる、なんて内容だろ? まさか「今日も一日平和」なんてことじゃないよな? 争いごとも悲しいことも一杯だぜ、世の中。
ふと、何でそんなことを、と彼女の横顔をちらと盗み見る。
やっぱりそこには、季節外れの服装に身を包んだ髪の長い女の人が居る、幽霊やらドラキュラやらそんな物騒な者は居ない、ただの少し笑うのが苦手なだけ。
マンションのいたるところに散りばめられた人口の光が、夜空にはない星空の代わりだった。
眠たい目を擦る。だけどあくびはどんなに我慢をしてもでてしまう。
どれだけ気を張っても、どれだけ前日にリズムを崩すような睡眠時間をとっても、必ず眠くなって、いつも俺から「また明日」といって帰ってしまう。それがいつも朝起きた時にいつも後悔する事柄。
「そっかぁ、いいことかぁ……ねぇ? 聞いてもいいかな?」
不思議と今日の彼女はお喋りだ。不吉な予感も何も感じないが世間話をするような仲じゃないから違和感を感じる。
少しの間、ぼんやりとした頭で考え「あぁ」と呟く。
「私もあんな風に笑ってたら、いいこと、起こるかな?」
隣を見ると些細な変化だが彼女の表情には唇を噛む時の様な、悔しそうな感情が見て取れた。
「いや、あんな風にはならなくてもいいだろ。さすがにあんな風に唇の端吊り上げて笑われたら怖いな、俺は今のあんたでも十分いいと思うぜ、まぁ、笑うに越したことはないけどな」
ブランコを揺らしながら笑って見せる。これでいい、彼女がもし太陽のように笑う人なら多分俺はここには居ないだろうから……
「そっか……そうだよね」
彼女が少しだけ笑う。唇の端をほんの少し動かすだけという、微細な感情。たとえいくら俺が面白いことを言っても、バナナの皮でこけて見せても、彼女は笑うことはないだろう。そういう存在なんだと俺は思うからだ――そして俺の胸あたりがズキズキと傷む。
でもそれが俺には安堵と安らぎをもたらしている。
もしかして、俺は酷い事しているのんじゃないだろうか? 自分の胸に問い掛ける。が笑う月を見上げると、「ああ、あいつはいつも幸せそうだ」なんて思って、寝ぼけ始めた俺の頭では彼女に酷いことを言ってるということが理解できていない。
空を見上げながら少し目を閉じる。
「月は、太陽になんてなれないよね」
そうやってまた彼女は悲しそうに笑った。
「……なる必要ないだろ。周りが太陽ばっかりだったら俺焦げちまうよ。夏なんてどうなる? 俺は家の中に引き篭もりたくなるね……あんまりだ」
欠伸を入れて、ははっ、と笑ってやった。太陽なんて糞くらえだ。もし太陽だけなら、俺は彼女と一緒に、暗くても、じめじめしててもいい、一生日陰者でも構わない、こうやって月を眺めていたい。勿論三日月だけ、だけどな。
「……やっぱり、君には敵わない」
悔しそうな、嬉しそうな表情。「一生日陰者を舐めるなよ」と目を擦りながら言う。
頭がフラフラとする。
自分が何を言っているのかすら分からない。
欠伸をすればほんのりと冷たい風が体内に入り込んでくる。多分今ここで寝たら凍死するんじゃなかろうか、雪山遭難者の気持ちが砂糖一つ分ぐらい分かった気がする。
それでも、今寝たら気持ちよく寝れるんだろうな、と考え一人笑う自分が居た。
ブランコの手すりに気持ち寄りかかる。
月がいまだに素直になれない俺を笑っている。
何を素直になる? 分かりきったことだろう?……あれ、何を素直になるんだ?
手すりに掛けた手がすべり落ちて、心配そうに覗き込んで来た彼女の顔がぼやける。
「ごめんね、こんな時間までつき合わせちゃって」
しゃがみこんだ彼女はゆっくりと手を伸ばし俺の頬に触れる。
ひんやりとやわらかい手が心地よかった。
それでようやく家に帰り着くだけの元気を貰うと、自分で立ち上がり今度は彼女に手を貸す。
踏みしめた雑草たちがなにやら俺に語りかけている。わからない。
「いや、こんな時間に女性一人をほっとくわけにはいかないだろ」
ぼんやりとする頭で答える。
途切れ途切れに見える彼女の表情は心なしかいつもより笑っている、ように見える。
「そっか。ありがと。じゃぁ、気をつけて帰ってね。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
彼女にくるっと身体を回されて、背中をポンッと押される。帰れという合図だ。
とぼとぼと帰路に立つ俺、多分後ろでは彼女が見守ってくれているのだろう。いやそうだと信じたい。
「また、来る」
「うん。今度は先に来るね」
そう聴こえると、再びブランコが揺れる音がした。
彼女は三日月の夜になるとここへ来る。勿論俺には彼女がこのマンションの住人なのかすらわからないし、年が幾つなのかもわからない、好きな食べ物もそうじゃない物も、普段何をしているのかも……ただ、わかるのは、俺は彼女が多分、世界の中心で叫ぶほどじゃないが、好きだということだ。
まぁ、こんなことを友人に話したら総じてこう言われる。
「お前、もうちょっと素直になれよ」
公園からの帰り道、ずるずると重たい足を引きずって、頭の中で響き続ける音に悩まされながら自宅を目指す。
歩いて少しだけ目が覚めた俺は、幾つも通り過ぎる街灯を見ながら、こう思うのだ。
――今日も名前、聞きそびれた。
それと同時に泣き声の正体に気づく。
泣いているのは俺だ。何故? さぁね。だって俺は眠たいのだから仕方ない。眠たいと考えたくなくなったり、動きたくなくなったり、幻覚を見ることだってあるだろ? そんなことをいちいち考えても仕方ないじゃないか。
頭の中を真っ白にして街灯の光を縫うように歩いていく。
彼女に名前なんてない、住んでいる家も、親も兄弟も、何もかも存在しない。彼女が人間じゃない、それも当たり前だ。彼女とは夜しか逢えない、当たり前だ。
彼女は俺の想像が作り上げた架空の存在なんだから。
だって、そうだろ? 夜中に散歩してて偶然通りかかったら自分好みの異性が、一人で寂しそうにしていたらほっておけないだろう。虫が良すぎるだろう?
だから、俺はすべて、眠たいからみた夢、と信じて現実は見ないことにした。
最後まで読んで頂いて、もしくは前書きだけでなくこちらまで目を通していただいてありがとうございます。
読まれた方へ~どうだったでしょうか? いえすいません、こんな少ない量で「どう?」と聞かれても、短い、などの感想しかいただけないかと思います。ですが、私はこの作品で自虐的に振舞い現実を見ない少年を書く、というだけのことだけでして、どこぞの小説のように「成長」や「急展開」をしないもので「青春真っ只中の青臭い男が、出来のいい小説のように変わるなんて思えない」とか「実際こんなこと在っても誰も信じない」……要は、あくまでもリアルな感じで書く、というのが私のコンセプト、というか趣旨というか……多分そこから生まれてくる物は、市場などに出回っている小説等とは違う何かがあると思うのですよ。
まぁそれが何か、と問われると、まだ自分の書いてる作品の半分も理解していないわけですから答えようがないんですよね(笑)ほら昔の偉い学者さんが言うじゃないですか、「人間、意識の八十%は無意識である」ってね。まぁ二十%とも聞きますが……
さて、内容に関することで、ご不明な点や「こここうじゃない?」や「面白くねぇよ、こっちの方がいい」などのご要望がある方は是非、気兼ねなくコメント(感想)を書いていってください。
いや、よもや「うまい」や「感動した」なんて言葉があるはずないですからねぇ? 期待はできませんよ。
でわ、これからお読みになる方等、ありがとうございました。
もし気に入っていただけたのなら他の作品にも足を運んでくださると光栄です。