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LUST OF CALAMITY  作者: 神衣舞
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即興曲『前夜祭』

『思いは限界を容易く凌駕する。

 人が奇蹟と呼ぶ力の正体は人間が本来持っている力その物ではなかろうか。

 事実魔法は想像と意思の具現化であり、より強く願える者がより大きな力を示す。

 では、願いを一心に受け続ける神とは一体何者であろうか。

 もしも神こそが人が夢想し作り上げた最たる奇蹟だとすれば卵が先か、鶏が先か。』


 作者不明 『強欲なる支配者』




 暗闇でそれは微笑む。

 纏う衣装に舞う赤は、先ほど流れ出した物だ。


「期待はしていなかったけど」


 まさかあのセリム・ラスフォーサーを継ぐべき者があれほど無力とは思わなかった。

 万象の織り手なる無力なる者。

 あらゆる未来を知り得、世界が終るその時までを知る存在。

 その恐るべき才能はその意味を持ち得ない。

 なぜなら未来を語る行為は未来を変える行為であり、変わった未来は伝えた未来に相違する。

 では何故セリム・ラスフォーサーは未来を知り続けるか。

 それは語らぬ以上、セリム・ラスフォーサー以外に知り得ない。

 此度接触したセリム・ラスフォーサーの系譜はかけらの未来も知りえなかった。

 その上、セリム・ラスフォーサーが連綿と継承し育んだウィッカを半分も使いこなせていない。

 これはどういう意図か。

 無論セリム・ラスフォーサーはこの身がこの時間にこの場にある事を知っているだろう。

 そして契約の名の元にその娘を利用する事も。

 これは協力への反発か。

 否、そもそも自身の行為への無関心か。

 どうであれ、セリム・ラスフォーサーを継げぬ者に未来を語るはずもなく、例え死しても問題はないのだろう。


「はずれを掴んだか、掴まされたか」


 そのどちらでもなく、そして両方なのであろう。

 そもそもこの世に残る正統なる魔女はセリム・ラスフォーサーただ一人であり、しかしその相手に契約を行使すべく赴ける者は居ないはずである。

 そういえば、あの不出来な魔女の傍に居た男は何者だろうか。

 結局あの男に魔音の鍵がもたらされた。

 鍵は七夜を経て育ち、反響を響かせるだろう。


「それはパレードの始まり」


 闇の中でそれは重い瞼をゆるりこじ開ける。

 その奥にはなお暗い闇がぎょろりと笑う。




「七件目」

 赤の苦心を嘲笑うように被害者はゆっくりと増えていく。

 その間にわかった事は数多くある。

 その中で最も関心を惹かれたのが大体12歳くらいまでの子供が毎夜サーカスの演奏を聞いている事だ。

 その音に興味を覚えた者がそして被害に遭っている。


「……ボクは反対だね」

「どうしてですか!」


 若い、赤の隊員がばんと机を叩き大隊長に詰め寄る。


「ただ伝えるだけでいい。

 子供達に注意を促せば、大人たちに注意を促せば! 被害は減るはずなんです!」

「確かに君を言う通りだよ。

 でも、ボクの予想だとそれ以上の被害が発生する」


 真っ向からの否定に隊員は声を詰まらせる。


「これは音に関する魔術についてライサ中尉に調べてもらった資料だ。

 特に興味深いのがセイレーンや鵺など魔声を有するモンスターについての考察だ」


 ジュダークの事務机は個室として区切られておらず、故にその言葉は部屋に居る全ての者に届いている。


「強い意志がその効果を打ち消す。

 これはサーガなどで歌われることだし、事実正しい。

 しかしその反面で鵺やセイレーンをよく知る者がその力に取り込まれやすいというデータがある」


 ぱらぱらと資料をめくる手を多少熱の冷めた目が見つめる。


「説明によればこの現象は知識が効果を補強している、ということらしい。

 『聞いたら、引き込まれる』から『だから抵抗しよう』と思える人間ならば、その心構えは有効かもしれない。

 だが、『聞いたら、引き込まれる』だから『恐ろしく、聞いたら終わりだ』と考えてしまえばより強く自ら引き込まれる結果になると推測し、実験である程度のデータを実証している」


「……つまり、伝えればより一層被害が増えると?」


 ジュダークは微笑。


「君の進言が正しいかもしれない。

 しかし、今回の被害者は精神の未発達な子供だ。

 それに付随するパニックを考慮すれば公表するタイミングではないと思う。

 もちろん、いつまでも原因不明のままにするつもりはないけどね」


 理解してもらえたかな?

 とジュダークが微笑むと隊員は敬礼をして去っていく。


「中佐。

 わざわざ貴方が対応しなくても……」


 書記官が苦笑しながらお茶を差し出す。


「カノン中尉にも言われるよ。

 確かに直接の上司を通すのが筋だろうけどね」


 お茶を一口含んで息をつく。


「さて」


 目を閉じて考えを整理する。

 子供だけに聞こえるという魔音。

 その音に導かれればサーカスに辿り着き、目を奪われる。


「何故、目を奪うのか」


 目というものは人間が認識するための最も重要な器官だ。

 ライサ曰く、目を使った呪物は珍しくなく、その殆どが遠見や透視などに力を発するという。


「何故子供を狙うのか」


 子供は純粋、無垢の象徴であり未来をも示す。


「目と、子供。

 未来を見る」


 酒場で盗み聞いた話ではクルルという少女はセリム・ラスフォーサーの娘であり、セリム・ラスフォーサーは未来を見る魔女らしい。

 ここまでの結論からすれば、まるで未来視のための準備にも思えるが


「何故、間接的な方法で子供を攫うのか」


 被害はこの街だけではない。

 今回偶然クルルという特異な少女が関与したが、これは必然と考えるべきではないだろう。

 子供を攫い、目を奪う。


「そして、立て続けに起こる事件との関連は?」


 頭の中でパズルがゆっくりと組み合わさる。

 そうして描かれた姿にジュダークは深く、細く、溜息をついた。


「・・・・・・確証はないけど」


 悲しいね、と彼の唇は音無き言葉を紡ぐ。

 だが、その推論は事件の解決に結びつかない。

 その事実こそが彼を悩ませる。




「やかましい」


 呟く言葉は空々しい。

 深夜を舞う紅き華。

 静まる風を切り裂く故に、彼女はより大きな華となる。


「ほんに、やかましいわ」


 あらぬ瞳が大地を見下ろす。

 眠らぬ大都、アイリンを。

 彼女の声が闇に響く。

 彼女の思いが夜に木霊する。


「墓守として、なすべき事をなすとしようかのぅ」


 そうして。

 その一点を見据え魔術を放つ。

 生み出すは美しき氷の槍。

 己の身長を遥かに凌駕する大槍を片手で捧げ、見据える一点に思いを集約。


「行け」


 加護は大気を否定する。

 即座に音よりも早い速度を得て、それは流星たるやと大地へと走る。

 が───────────


「やはり、のぅ」


 それはある一点で突如消失し、闇の静寂は我が物顔で保たれる。


「久しゅうございます。星の君」


 背後に、道化が一人宙を踏む。


「美しくも猛々しいノックに我々も驚きを隠せません。

 さすが星の君。流星を以て我らに訪問を伝えますか」

「願わくは、それで消えてしまえばよかったものを」


 皮肉に笑み。


「そうは参りません。

 そして貴方はそれを望んでいない。

 なぜならその望みが叶うとすれば、数百の命は塵と消えたでしょうから」


 言いよるわと吐き捨て、しかしそれを真意とする魔術師はピエロにゆるり視線を向けた。


「しかし星の君。

 貴女は招待に応じぬはず。

 何故ならば応じれば貴女の瞳を受け取らざるを得ないからです。

 故にあの者達に伝えたのでしょう?」

「なんのことかのぅ」


 挑むような、はぐらかす言葉。


「そして私はそれに乗った。

 鍵は錠前を開き。

 伝奇のショウは現実となる」


 紅い華は銀の葉を揺らして片目を閉じる。


「しかしそう簡単に行くかのぅ」

「さて、種明かしは職業柄、できないもので」


 ふんと鼻で笑い、少女は体を更なる高みへと押し上げる。


「よい、ぬしらの場所をはっきりさせたかっただけじゃ」

「思いの他、御優しくなられましたね」


 欠片の弱さもなく、威風堂々を纏ってある少女へピエロはその本分だとおどけを含んで言葉を紡ぐ。


「あの頃の貴女はまるで獄火のごとき荒神であられたのに」


「抜かせ亡霊。

 ぬしのせいでからくりは見えたぞ」

「然様で」


 闇夜の会談。

 沈黙を幕間に、ピエロは微笑。


「では、我らが演目を今しばらくご堪能ください」

「わしが阻害せんと言うか?」


 貫くような眼光も道化に通じることはない。


「貴女が踏み込める領域に居を構えておりません故」

「……」


 闇夜に紛れ、消え行くピエロに送る言葉などもはやない。

 ただ、静かに。

 最初からそこに何もないかのように。

 夜風にその美しき花を躍らせる。




 そして、招待状は贈られる。

 その日。

 数多の子供は行方を晦まし、混乱は人々を狂気に彩る。


『拝啓、アイリン軍殿。

 貴国の子供達は我々が預かりました。

 至る日の至る時。我らは最後の舞台を飾るとしましょう。

 是非とぞ、招待状を手にごらんください。

        『魔夜中のサーカス団』   』

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