回想曲『残酷と無き希望』
『醜い王が美しい娘に求婚した。
娘はそれを断った。
王が何故かと問うと、娘は言う。
王は自分の美しさに見合うものを持ち合わせては居ないと笑った。
王はそれに見合う権威と財産があると反論し、娘はそんなものでは心は買えないとやはり笑う。
しかし王はさらにこう返した。
あなたの心を買えないだろうが貴女の周囲の人間の心は金で買えた。
貴女の周囲の者は私の権威に平伏した。
直接あなたの心を買えないだろうが、私にとっては同じ事だ。
女は諦めたような涙を流し、夢と幸せを王に奪われた。
金と権威どちらも概念でしかないものである』
作者不明『強欲なる支配者』
詳細な場所はもはやどの記録にも残っていない。
今では確認できないが、そこには小山が一つあったという。
その場所はそう遠くない位置にある『帰らずの森』と同じくして踏み入ってはならない場所と言われていた。
その山に居を構えるのはある特殊な一族。
亜人に分類されるだろうその種族は一切の色素を持たず、山をくり抜いた住居に暮らし、夜に活動を行う。
白き種族はその性質上日の光を嫌い、夜の種族とも言われた。
彼らには優れた能力があった。
彼らの描く精緻な模様は高度な魔術文様であり、日々戦乱に怯える村の人たちは彼らに請い、守り飾りを作ってもらっては対価として食物を納めた。
いつしか彼らは『灰の神子』と呼ばれ畏敬の念を持って認知されていた。
それはその地を治める領主にとっては面白い事ではない。
日々戦い守ってやっている民衆が自分ではなくえも知れぬ奇妙な化け物どもを敬っている。
そんなことが許されるわけがない。
そんなとき、とある魔法使いが訪れて、彼にこう囁いた。
「領主、あの山にミスリルが大量に眠っている事を私は突き止めました。
しかし、私一人が乗り込んでも殺されるだけでしょうし、私には山を掘り返す労力も、それを精錬する場所もありません。
領主よ、私はその情報を持って貴方に登用していただきたく思います」
領主は考える。
もしそれが真実であればひたすら戦費に苦心することもなく潤う事ができる。
それに今の問題も一度に解決する。
しかしそれをできない理由もある。
彼らがただ象徴として敬われ、不気味だからと恐れられているならば軍を差し向ければいい。
『化け物』討伐は何ら咎められることではない。
しかし、彼らの操る奇妙な術は本物であり、一説によれば異形の悪魔を操るとも言われる。
「領主殿、ここは貴方が治める地。
どこか適当な場所を宛がってやればよいのです」
なるほどと領主は使者を出し、一方的にその旨を突きつけると、彼らはあっさりとそれを追い払う。
領主が宛がったのは国境も定かではない平原。
そんな場所では日から身を守る術がない。断るのは当然である。
しかし、『譲歩』をあっさりと断られた領主は怒り狂い、兵を派遣するように命じた。
そうして領主は噂を真実と確信することになる。
黒き悪魔のような物が突如現れ、次から次に兵をなぎ払ったのだ。
流石にこれには領主も肝を冷やし、兵を撤収させた。
しかし一度兵を出してしかも被害を受けた以上、演習でしたでは済まされない。
領主は責任の所在を魔法使いに押し付けようとした。
しかし魔法使いは努めて平然とこう進言する。
「あの妖術は己が身に魔術文様を描き呼び出すのです。
そのための秘薬の元である草を根こそぎ奪えば使えなくなります。
しかしそれはあの山にも生えており、大変難しい。
ですのでもう一つの秘策をお教えしましょう」
どの道このままでは済まない。
男を処刑したとしても自身の免責には足りない。
それどころか民衆の心は完全に自分から離れるのは間違いない。
「では、どうするのだ?」
「使者をお出しください。
私の名で帰らずの森へ」
『帰らずの森』の名に領主は息を飲む。
入れば最後、決して出られぬ魔性の森。
その土地には忘れるほどの古より一人の魔女が住んでいる。
名をセリム・ラスフォーサー。
その姿を見た者が居ないため知名度はそれほど高くはないが、知る者はかの魔女を『真なる魔女』と謳う。
「縁がありまして、我が名で我が示す場所へと使者を送ってください。
そうすれば全ては上手くいくでしょう」
誰も姿を見たことのない魔女と知り合いだと言ってのける魔法使いに領主は激怒して、死刑を告げた。
しかし、よくよく考えてみれば男も自分の立場がわかっているはずだと、刑を延期とし、とりあえず使者を送ってみることとした。
数日後、使者は一つの袋を持って帰って来た。
森に行くとまるでくることがわかっていたかのようにセリム・ラスフォーサーの銘と共にそれがあったという。
領主は喜び勇んでそれを使用した。
「その結果が、あれですか」
「はい、そうです」
ここはドイルに睨みを利かせるアスカ要塞。
語り合うはメイドと吟遊詩人。
「かの一族の使う秘術は己の体に模様を書くことで最も力を発揮するのですわぁ。
つまり、少しでも余計な模様が現れてしまっては、その効力は発揮しませんものぉ」
アイリンを騒がせたおまじない、と奇病。
そのどちらもがこの話に関係すると知っていたのは人ならぬ身の彼女だけであった。
「力を振るえなかった一族は滅ぼされ、その痕跡も消し去られましたわぁ。
彼らの作ったお守りの類はぁ、全て焼き払われて」
「……そういえば、ミスリルは?」
「デマだったようですわぁ。
その男もぉ、その虐殺の後に行方不明になったんですしぃ」
「……謎ですね」
吟遊詩人はふぅむと唸ると
「ミスリル云々は領主を動かすための餌で、狙いは別にあったということでしょうね」
「はわぁ。
そうかもしれませんねぇ」
メイドはほわほわとした笑みのままカップを手に外を見る。
アイリン軍の兵士が訓練に励んでいる様を眺めてから視線を戻すと
「こればっかりは私も知らないことですわぁ」
のんびりとカップに口をつける。
「しかし、セリム・ラスフォーサーの伝承は多々ありますが、やはり本人が現れた例はありませんね」
「それはそうですわぁ。
あの森は一方通行ですしぃ」
「結界ですか?」
「んー。
世界かなぁ。
なにしろぉ、あれはぁ世界法則を利用してますしぃ」
言われてピンと来る話がある。
この世界の他にも他種多様な世界があり、それらと行き来する事が可能である。
しかこの世界は一度出入りした者を二度と受け付けないと言う。
「つまり、一度世界の外に出てしまったと認識させるわけですか? 世界に」
「あらぁ、物わかりがいいですわぁ」
外見だけ見ればメイドのほうが若々しいのに、口ぶりといい、瞳の色といい、生徒を誉めるようでもある。
「まぁ、そんなことしなくてもぉ、並大抵の技量ではぁ、すぐに食べられてしまいますけどねぇ」
まるで見てきたかのような言い草だが、深く言及しない。
「それにしてもどうしたんですかぁ?
赤のジュダーク君が気にするならともかく、ファム君が気にする事ではないと思いますけどぉ?」
「これでも吟遊詩人ですからね、伝承には耳ざとくなければ」
ファムは微笑み席を立つと、
「貴重なお話ありがとうございました」
「はわぁ、送りましょうかぁ?」
「いえ、ぼちぼち仕事ですし」
吟遊詩人は微笑んで一礼。
そのまま去ろうとする背中を見ずに
「最近はどうですか?」
優しい声が届く。
「大丈夫ですよ」
誰への言葉か。
それだけを残し吟遊詩人は部屋を去る。
足音一つ立てず、気配の一つも漏らさぬ暗殺者の足取りで。
見送るメイドは苦笑まじりの笑みを浮かべ、ゆらゆらと揺れる紅茶の水面を眺めた。