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LUST OF CALAMITY  作者: 神衣舞
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間奏『黒の誓い』

『ランダムに抽出された十人の人に問う。


「あなた方の中で一人が死になさい。

 そうすれば九人は助かるでしょう」


 人はそう遠からず1人を選び出すだろう。


「あなた方の中で七人が死になさい。

 そうすれば三人は助かるでしょう。

 しかし誰も選ばなければ皆死ぬでしょう」


 十人は醜い争いを繰り広げるだろう』


 作者不明『強欲なる支配者』




 謎の奇病は静かに町を食い始めている。

 その感染速度は非常に遅く感染力も低いが、現れる症状が目に悪い。

 両腕、両足に広がり始める黒は死病に冒されていく、そんな幻想を生むに容易い。

 その不気味さは用意に迫害を生む。


 だから誰にも言えない。

 恐怖に怯えながら包帯を巻いた腕を、足を誰かの目にとまらないようにして生きる。

 幸い、町では妙なおまじないが流行っていた。

 ある草の汁で腕や足に模様を描き、包帯で巻いて誰にも見られなければ願いが叶うと。

 実際それをやっている知り合いは大勢居るし、その一人になってしまえば問題はなかった。

 あとは、この病気が治るまで、その流行が続いてくれる事を切に願うだけ。

 そうして2週間が過ぎた頃、ゆっくりとその黒が引いていくのを確かに見て安堵する頃、

 家族が同じ病に掛かった。

 知り合いが急に顔を出さなくなった。

 母親が医者に掛かったところ、それは珍しい皮膚炎で、比較的簡単に治るということだった。

 薬を飲めばもっと早い。

 ただし、『接触感染するので、決して他人に触れないように気をつけてください』と言われた。

 背筋に冷たいものが走った。

 私の病はもうすぐ消えてなくなる。

 けれども、まさか。

 町を歩く。

 子供の些細なおまじない。

 なのに何人かの大人が同じ事をやっている。

 そして、今だからわかる。

 その中の何人かは腕を、足をしきりに気にしながら人の目を恐れるように歩いている。

 ずきりと心臓が痛んだ。

 まさか、もしかして……

 その頃。おまじないの噂に一つの注意点が加わり始めた。

 おまじないを決して誰かに見せてはならない。

 見せると黒い悪魔がやってきて、あなたを呪い殺すだろう。

 本当ならばくだらない噂。

 けれども、ある夜のこと。

 そして次の日の朝。

 友達の一人が顔を真っ青にして言う。

 黒い悪魔が現れた。

 殺されそうになった。

 冗談を言う顔でなく、震える声音は真実だと訴えていた。

 だから『包帯を巻いた私』に言う。

 決して解いてはいけない。

 決して見せてはいけない。黒い悪魔が現れて、命を奪いに来るから。

 ─────────────

   ────────────




 猫たちがアイリンの街角から街角へ。

 声を飛ばして話し合う。


「……」


 そんな声に眠りから引き戻された青年はゆっくりと瞼を開く。


「やほ、目ぇ覚めた?」


 知らない声ではない。

 ジュダークは予想に反して全く痛みを覚えない体を起こし、声の主を見る。


「君がボクを?」

「にふ。

 まあね」


 赤いネコミミと二又尻尾の少女、つまりアルルムは人懐っこい笑みを浮かべて青年を見返す。

 十秒ほどそうして、おもむろに彼は問いを口にする。


「で、何が目的だい?」

「ひ、ひどいっ!

 せっかく助けて傷までけしたげたのにっ!」

「いや、まぁ、ありがとう」


 演技とわかっていてもとりあえず礼を言う。


「みゅみゅ。

 まぁ、それはそうと」


 ケロリ泣きまねをやめた猫娘は人懐っこい笑みにすぐさま戻すとぴんと一本指を立てて、


「商談♪」


 と笑みを濃くする。


「ボクが君に望む者があると?」

「ないの?」


 一連の元凶とは言わないまでも大きなファクターである事には違いない少女は、いたずらっ子の笑みのまま聞き返してくる。

 彼女に悪意がない事は百も承知だ。

 彼女の日々の行いを問い質すのは愚行というもの。

 しかし同時に彼女が意味のある行為を行なう時。

 それは誰かの意思を含む可能性が非常に高い。


「犯人を教えて欲しいね」


 軽口のつもりで零した言葉。

 しかし少女は肩を竦めて


「無理無理」と手を振る。

「依頼人の情報は話せない?」

「んーん。

 その代償をジュダークちんじゃ払えないだけにゃ」


 それは拒否であると共に情報でもある。

 彼女への依頼は金銭に拘らない代償を以って行なわれる。

 それは命でも記憶でも、物品でも構わない。

 強いて言えば特殊な質屋のようなものか。

 状況を鑑みてその価値を決めるのも彼女だということを含めて。

 ジュダークがどうしても払えないというのは、彼という存在全てを失ってもその依頼人のほうが多くの代償を提供しているという意味。

 人間より強大な者か、もしくは集団である可能性の示唆。


「ジュダークちんってぽけぽけしてる割には頭いいんだよね」


 その思考を見透かしたかのように少女の声。

 しかし己の言葉を失態と思っている節はない。無論その意味を安く考えているわけでもないだろう。


「世間話をしたい」

「いいよー」


 きゅぅっと瞳孔が細まり、猫と言うよりどこか狐を思わせる笑みを浮かべるとアルルムはわずかに体を前に傾かせる。


「この一件でどれくらいの人が死ぬかな?」

「さぁねぇ。

 試算してないもん」

「でも、少なくないだろう?」

「多くもないにゃ」


 水準のない比較にそれほどの意味はない。


「ボクは守れるならその人を絶対に見捨てたくないんだ」

「献身的にゃね。

 でもその代償に報いるだけの価値をもってるのがどれだけいるんだろーね」

 人は醜いと誰かが言う。

 苦難に容易く屈折し、銀貨一枚のために人を殺す。

 突発的な怒りで弱者へ暴力を振るい、自分の行為を死に物狂いで正当化する。


「ボクには誰が正しくて誰が間違いなんて言えない。

 今犯罪者でも、十年後に多くの人を救うかもしれない。

 今英雄と謳われても、十年後に世界を脅かす存在になっているかもしれない。

 だからボクは守れる者を守りたいと願う」

「真面目にそんなこと言えるのはある意味賞賛に値するけど、愚者に愚行と罵られる行為にゃね」


 何よりも人は恩を忘れやすく、恨みを永劫に憶える。

 そして嫌悪した相手の功績を罵り続ける。


「ボクは貴族です。

 民の労働に寄生して育てて貰いました。

 それを還すのは当然の行為です」

「うわー。

 天然記念物もののお人よしにゃね。滅私奉公?」


 気のない拍手と投げやり且つ呆れたコメントに苦笑。


「ボクの場合は自分の望みと一致しているだけだよ」

「……なんていうか、量産機のベース人格にしたいようななんというか」


 意味不明なコメントを真顔で考えながら零す。


「なら、やっぱりあるんじゃない?」

「……貴女がそれをボクに聞くことに納得がいきません」

「武器屋は武器を売ることが仕事。

 その武器の買い手同士が殺しあったって基本的には知ったことじゃないにゃ」


 無論ジュダークも彼女のスタンスは理解した上での問いだ。

 そしてなんら予想と違わない返答に失笑。


「つまり、貴女に頼らねば守りきれぬと?」

「にふ」


 返事はないが、肯定も同じだ。


「まー、あの傷じゃ普通は二ヶ月くらい起き上がれないし。

 それまで公的にお休みでしょ?

 のんびり考えることにゃね」

「……その必要はありません」


 ん?と笑顔のまま振り返る。


「その力を買いましょう」

「代償は?」

「命を」


 欠片の躊躇いもない言葉。

 静まり返った室内で温度の違う視線が交錯する。


「にふ。

 いいにゃよ。

 じゃあおねーさん頑張っちゃうかな♪」


 ゆらゆらと二又の尻尾が踊る。


「ジュダークちん。

 お好みの武器はある?」

「…… 槍を」


 ドイルに程近いミルヴィアネス領は見渡す限りの農園が広がる土地だ。

 そのため移動には馬が欠かせず、従って馬上戦闘が必須スキルとなっている。

 ジュダークもその例に漏れず幼い頃から人一倍槍術は仕込まれている。

 ちなみに、馬術は妹のアイシアのほうが断然得意である。

 本人曰く「馬の言葉がわかるし通じる」らしい。


「槍ね。

 貫く者、戻らぬ者、純然たる意思の象徴」


 謳うようにふらふらと扉へ。


「ああ、そだ。

 ここはアイリンのスラム傍。

 槍の製作時間は約二週間。

 好きにしてもいいけどできるまではここに居る事をお勧めするにゃ」

「……」

「んじゃね~」


 少女が部屋から出ていく。

 青年は同じ姿勢のまま、じっと扉を見詰めていた。




 今日も悪魔が目覚める。

 今日も恐怖が蘇る。

 黒い悪魔が現れる。

 意味なき願いを食らいながら。




 二週間後。

 彼の手には一本の槍があった。

 あまりにも純粋に、あまりにも禍々しい槍。

 気にしなければ誰もがその存在を忘却するほどであり、気にしてしまえば呪いの如くその存在に畏怖する。


「喰らう者。グングニール。

 神代神器のレプリカにゃ。

 もち、この世界のじゃないけどね」

「その意味は?」


 猫娘はふっと笑い


「地は手を伸ばし死を求める。

 天は手を伸ばし死を求める。

 しかし腕は二本ある。

 三度目の手は共に掴み、共に御霊を奪うだろう」


 美声が響き渡る。

 天を響かし荘厳ゆえの畏怖を呼び起こす。


「・・・・・・」

「にふふ。

 理解できる?」

「ええ、なんとなく」

「そ? 後は握ればわかるにゃ。

 君が使い手である限り、それは君にしかつかえないにゃ」

「そうですか」


 沈鬱な言葉をまったく気にせず、彼女は微笑み


「あとね、これあげる」


 ぽんと放ったのは一つの指輪。


「これは?」

「リング・オブ・ソロモン。

 これもこの世界の伝承じゃないけどね。

 付けてみれば意味はわかるにゃ」

「・・・・・・これの代償は?」


 やや警戒するように問うが、彼女は気にした様子もなく、


「もうもらってるにゃよ」


 にこにこと言い放った。


「ま、あちしは商売にはフェアにゃよ。

 もらってるっていうんだから気にすることじゃないにゃ」


 朗らかな声。

 気楽を体現したその姿をしばらく呆然と見ていた彼は、諦めたように頷き、それを指に嵌める。


「これであちしとの商談は終わり」

「・・・・・・御代は?」

「わかったんでしょ?」


 言われて頷く。

 そう、御代はすでに払ったも同然。


「では」

「うん、まったねー♪」


 去り行く青年を見送り彼女はほぅっと息をつく。


「あの子達が望む報復に、あの子は一番遠いのにねぇ~」


 昇る月を見上げながら猫娘は遠く交わされる声を聞く。

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