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LUST OF CALAMITY  作者: 神衣舞
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序曲2『宣誓の炎剣』

「……これは……」


 とある廃屋。

 その床に妙な線を見つけたのはまさに僥倖だと言える。

 薄暗い廃屋で何故か塵や埃が床に少ない事に気付いたのは冒険者の一人。

 念のためにと調べれば床に現れたのは四角を描く線。

 つまり地下室への隠し扉。

 冒険者と赤の兵。

 人海戦術に打って出た赤の軍は、各個戦力の減少を防ぎ、なおかつ合法的に捜査をするためにツーマンセルを作りあげアイリーン市内に解き放った。

 疑わしき場所を見つけた際には踏み込まず援軍を待つ。

 その規則に則り集められた赤の兵は約20人。

 しかしその先を冒険者に見せるわけにはいかないため彼らにはすでに報奨金を支払い、解散させていた。

 灯りを手に降りた先。


「う……」


 誰かがうめく。

 立ち込める熱気とインクの香りが全員を包み込む。

 誰もが知らない環境に戸惑いを覚え、響き渡る異様な駆動音が拍車をかける。

 誰もが言葉を無くし、ただ進み行く先で待っていたのは、見たことのない巨大な装置であった。


「これが印刷機……」


 異界からの技術として、印刷機はそこそこの台数がこのアイリーン内に存在する。

 しかしそのどれとも違うと感じた。

 無人のこの空間で淡々と『本』を吐き出し続けている装置はまるで恐ろしい化け物のようにその巨体を示す。


「捜査を開始してください」


 緊張を押し隠し、柔らかく落ち着いた声を作ることに成功したジュダークは従う部下にそう命じる。

 誰かが一歩を踏み出し、皆がそれに続く。

 やがて装置の音に入り混じり報告と足音を基調とした不可解なハーモニーが生み出される。


「大隊長、これを」


 やがて一人の兵が乱雑に纏められた書類の束を持って来た。

 素早く目を通し、絶句。

 表情を殺せないことに気付いてもそれを正す余裕が生まれない。

 そのまま表情が焦りに満ちてくる光景を誰もが湧き上がる緊張と不安の様子で見守っていた。


「……」


 大隊長こと、ジュダークはそれを懐に仕舞うと改めてこの空間を見わたす。


「どうしましょうか?」


 この内容に目を通しただろう、それ故に誰よりも沈黙に耐えかねた兵士の問い。

 彼はもう暫くの時間を貰うとすっと装置を見上げた。


「破壊しましょう」


 静かに呟く言葉は騒音の中で確かに響いた。

 凄まじい勢いで動くこの機械技術をアイリンが手にすればそれは多大な進歩かもしれない。

 しかし、それはどうしても諸刃の剣としか思えない。

 技術の進歩は飛躍し過ぎれば災いになる。

 実際印刷機という存在が今回の一件を以って強くそれを示した。

 その他にもさまざまな技術が異世界から流れ込み、この世界に広くはないが定着している。


「恐らくこれの作者は素直に我々に技術提供してくれるつもりはありません」


 推測だが間違いはないだろう。

 あれはそういう存在だ。


「証拠になる物を回収。

 書類やここに居た者の痕跡を確認してください。

 二時間後、この装置を破壊、火を放ちます」


 この場に居るのは赤の兵だけであることはやはり正解だったと独白。

 「何か」を知らせずに探索に同行させた冒険者にこれを見せるわけにはいかない。

 慌しくこの地下空間を動き回る兵を見遣り、青年は改めて印刷機を見る。


 くいっ


 不意にズボンを引っ張る何者か。

 胸の奥底から湧き上がる嫌な予感と共に見れば、ボールに手足をつけただけの、まるで子供の工作人形がどうやったのか丸い手で引っ張っている。


「…… なんだこれは?」


 とりあえず拾い上げ、顔の位置に当たるであろう場所で目まぐるしく動く数字に注目。


『自爆マデ アト23.72ビョウ』


 その表示は一瞬のうちにどんどん数字を減らしていく。


「そ、」


 声が詰まる。


「総員退避っ!!」


 きょとんとした兵が彼の表情を見て何かを悟り駆け出す。

 その間にも嘲るようにカウントは走り抜けていく。

 あと5人、4人

 5秒、4秒


「上まで走り抜けるんだ!」


 ジュダークの横を駆け抜ける。


「大隊長も!」

「ボクはっ!」


 2秒


 慌てたため投げ捨てられた資料に走る兵の一人が足を取られバランスを崩す。


「くっ!」


 前のめりに倒れる手を掴み、扉の向こうへと投げ捨てる。

 反してジュダークの体は部屋の奥へ。


 1秒。


 咄嗟に足を踏ん張り、蹴って扉へ。

 助けた兵の背を見てもう一歩


 0秒


 印刷機から光が膨れ上がる。

 衝撃までコンマ5秒。

 ロスタイムで扉まで至ったジュダークは勘だけで扉を蹴り閉める。


 ずんっ


 扉が膨らむ。

 コミカルすぎる一瞬はすぐさま空想になり、砕けた破片は散弾の如く焔をまとって疾走───────

 急所をなんとか庇えた直後、その上からベヒモスの突撃を受けたような衝撃。

 続いて吹き飛ばされる彼に赤い手が踊りかかる。

 もはや受身を取るほど腕は動かない。

 強かに背を打ち、消えない衝撃が段上へと無理やり押し上げる。

 衝撃に意識を失い、痛みに醒まされ、視界を埋め尽くす紅蓮の壁を見た。


「くっ」


 激痛を無視して胸に下げたペンダントを毟り取れたのは僥倖。


「ぐぁ」


 赤の奔流に包まれたのはその直後だった。




「これで僕の仕事は終わりだね」


 少年はにやりと微笑み、煙をもうもうとあげる廃屋を見下ろす。


「後は悠々高みの見物とさせてもらうよ。

 君たちが愚かであることを存分に、存分に見せてくれるんだろうからね」


 少年は誰にも届かない壊れた笑いを撒き散らし、そして静かにその実体を消していく。

 最後に残ったそれは、風に乗り静かに何処かへ

 高く、高く何処かへ。




 重症となりながらもジュダークが死守した資料。

 それを彼は連隊長に直接届けるようにとだけ残し気を失った。

 命令の通り行き着いた先でそれは物議を醸す事になる。


『アイリン転覆計画』


 余りにも安直な名前。

 しかしその内容、記されたデータの緻密さは黒に内通者が居るのではないかとまで言わしめた。

 しかもその内容を安易に理解すれば周辺諸国の陰謀のようであり、わざとらしく上がる名前は無視できないが干渉もできない微妙な立場の者達ばかりである。

 また、その端々に宗教的な隠喩や、カルト的な狂った表現まで含まれている。

 ここまで来れば読む者を混乱させる事が目的なのは明白であるが、さりとてこの笑い飛ばせない精密な情報が知った者の頭を悩ませることになる。


「ミルヴィアネス中佐が木蘭でなく私に渡すように言ったのは上司を立てただけじゃないみたいね」


 まだ敵を討つ段階でない今において見せるべきはカイトスの方へだろう。

 果たして、このような資料をわざと残した敵の真意は何所にあるのか。

 いずこからか哄笑が響いてくる。そんな気がした。

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