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LUST OF CALAMITY  作者: 神衣舞
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間奏曲1『狭間の鼓動』

『人間の天敵は魔や世に潜む化け物ではない。

 人間は太古よりそれを退け、己が地位を築いてきた。

 では、人間の天敵とは何か?

 ────決まっている。

 人間の天敵は人間以外にありえない。』


 作者不明:『強欲なる覇者』より抜粋




 人の五感はあらゆる生物に劣る。

 しかし人が外を感じ取るのはやはり五感からであり、その影響力は馬鹿にならない。


「ゲヒッ」


 びくんと、男の体が痙攣し、珍妙な音が喉の奥から零れた。


「グ、ヒュゥゥウウ!?」


 パキンと、皮膚が爆ぜる。


「グ…グググギョギョギョギョヘ!?」


 ぼきりと骨が折れ、歪んで膨張。


「キキキキキキキキ」


 背が割れて、ぬめる体液を纏った膜が大きく広がる。

 その傍ら。

 一人の少女がすぐ近くの異変にかけらも気付かないまま、必死に目を動かす。

 瞬きを少しもしようとしない目は乾燥し、本来なら痛みに耐えられないはずなのに、真っ赤に眼球を充血させぼろぼろと涙を流しながら本を読み続ける。


「ギョ」


 子供の腰周りほどに膨れ上がった手がゆっくりと動き、本から目を離さない少女の首を掴み上げる。

 無理やり本から目を離された少女はしばし呆然とし、首筋への痛みが彼女の呪縛を一瞬で解き放つ。


「ぎゅ」


 悲鳴を上げようとした矢先。

 ごきゃりと頚骨が折れ砕かれる音が部屋に響く。


「ギィィイイイオオオオオオオオウウウウウ!」

 

 狂乱の声が天空を揺さぶる。




 遠く、天へと吼え猛るそれを聞きながら少年はにやりと笑みを浮かべる。


「ははは」


 楽しそう、ではなく嘲る響きが誰の耳にも届かず消える。


「いいなぁ、こういうのも」


 少年の手には『本』。

 それをぱらぱらとめくりさほど興味も持たずに膝の上に置く。


「そーぉ?」


 その傍らに音もなく現れたアルルムは赤い尻尾を面倒そうに躍らせて肩を竦める。


「あちしとしてはあまり好きじゃないかなぁ」

「君の作品なのに?」


 冷やかすような物言いにも欠片も動じず


「原典はそっち。

 まぁ、趣向としては正しいのかもしれないけどねぇ」


 等とコメントを返す。

 それからつまらなそうにしゃがみ込み、ようやく現れた赤の兵士を見やる。


「それは間違いだよ。原典は人間だ」


 同じく兵士を見遣り、そして忌々しさを滲ませて吐き捨てる。


「ま、そーらしーにゃね」


 素材はよほど魔術の才能があったのか、不用意に近づいた兵の首がぽんと弾けとぶ。

 首と頭蓋骨の砕ける音と共に無理やり伸ばされ引きちぎられた首が血を撒き散らす。

 赤の装備はあくまで人間を捕らえるための物。

 このような化け物と戦うことを想定としていない。

 それを熟知しているのだろう。

 駆けつけた青年が大盾の部隊を前面に出し、後方に弓を並ばせる。


「甘いにゃね」


 猫娘の視線は化け物のいびつな翼に向けられる。

 ほんのわずか、飛び回る蛍のような光を見て肩をすくめる。

 瞬間──────


「───────!」


 悲鳴よりも、驚愕よりも早く、眩い紫電の槍が闇夜を照らす。

 口腔から放たれたそれは不運な兵の一人を盾ごと消し炭に変え、さらに周囲の者の血液を沸騰させ、さらに後方の弓隊までも痺れさせる。


「アークデーモン一歩手前なんて出てきちゃったね」

「繰り返したせいで門が緩んでるんだよ。

 あれらが封じられているのはこの世界を包む障壁とは違って意外と脆い。

 君に言う必要のない説明だけど」


 説明にかぶって聞こえてきた市街を駆ける馬音。

 アルルムは立ち上がると少年に背を向ける。


「最後まで見ていかないのかい?」


 川原で草野球の観戦をしているような軽い問いかけに苦笑にも似た笑みを残す。


「必要ないにゃね」


 デーモンに向けて怯まぬ突撃。

 その手に握られたスピアが次々と放たれては黒の皮膚を貫き、禍々しい体液を撒き散らす。

 痛みと怒りに新たな電撃を生み出そうとした瞬間、持ち直した赤の弓隊がこれでもかとばかりに矢を打ち込む。


「こいつで終いだっての!」


 騎馬隊を率いていた男の剣がデーモンの首に半ばまでもぐりこみ、漏れ出すように電撃が剣を滑り空に弾ける。

 だが恐ろしきはその生命力。

 未だ力強く禍々しい瞳が後方に走り去る馬と、馬上の敵を見据え────


「エンチャントウェポン!」

「おねがいっ!」


 小柄な少女が魔力の光を纏った矢を打ち放つ。

 見事に頭蓋を打ち抜いた矢はさらに聖なる力を放出しデーモンの頭蓋を粉砕した。


「ふーん」


 少年はどこかへと立ち去った少女の跡を冷ややかに見る。


「ま、いいや。

 さぁ、苦しめよ。

 僕らのために」


 少年もまたふわり、その場を離れる。

 勝利を収めた彼らへの侮蔑と、死に絶えた兵への嘲笑を浮かべて。




 その日、死者8名、負傷者24名を出した化け物騒ぎはまだ、ほんの序章にすぎない。

 これでも、まだ。

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