FINAL SOUND 終夜曲『奇蹟の値段。奇術の価値』
『私はここに記す。
これは哲学書であり、学術書であり、そして預言書である。
やがて人が至る末路を、私は記す』
作者不明 『強欲なる支配者』
そう、それは奇術。
もはや、たった一人を除いて知ることのない奇術。
翼の少女はただ無意味に空で眺めていたわけではない。
彼女のもう一つの役目こそ、その奇術の一つ目。
《御法》
その効果は『死に至る一撃から一度だけ命を救う』。
どんなに強烈な一撃であろうとも、例えドラゴンのブレスであろうともこの《護法》の前では半死半生となるも死にはしない。
ただ、その直後に赤子が小石を投げつけただけでも守る力はない。
二つ目の奇術は先に起きた人形事件。
六体の人形の目的は人体の一部を奪う事。
そう思わせたのはフェイク。
本命は精神侵食の魔眼を持つ人形。
その力を使い被害区域一帯の住人へ催眠をかける事こそ人形事件の本質である。
そして奇術の最後の断片は『撒き散らされた羽』による爆破である。
一見無作為にばら撒かれたように見えるだろう『鉄槌』は最初から決まった場所へと降り注ぎ、爆発した。
計算された衝撃は計算された通りに家屋を破壊した。
安全地帯を生み出すように。
絶大なる魔眼の力はその魔眼が壊れてもまだ継続している。
予め入力されていた指示に従った者達は速やかに安全地帯へと移動し、大なり小なりの破片を受けても死ぬ事なく、じっと救護を待つ身となった。
催眠から覚めた彼らには必死に逃げたら助かったという後催眠が仕掛けられている。
しかし暗闇と身動きが取れない状況はパニックを引き起こし、下手に暴れればギリギリの線で均衡を保っている安全地帯を破壊し、自らを死に至らしめる可能性があった。
『にゃぁ』
それを声が留める。
外からの刺激は人をパニックから救う。
それは猫の鳴き声だったり犬の鳴き声だったり様々であったが、五感を封鎖されて起こる恐怖を緩和するに充分であった。
やがて、被害地域外周に集まっていた赤の声が聞こえてくる。
「こいつらの下に人が埋まっている!」
こいつら、というのが上で鳴き続けている猫だということは疑う余地もない。
数時間後。
無事休出された人々は月と松明の灯りの中で安堵の涙を流した。
死者0名。
出来すぎたハッピーエンド。
突然の不幸は動物達と迅速な赤の救護活動によって事なきを得た。
けれども、あまりの惨状を見た者は、それが茶番劇だとは気付かない。
ここまでする意図が思いつかない。
けれどもそんなことはどうでもよいのだ。
ただ助かった幸運を喜び、赤と、必死に鳴き続けてくれた猫に感謝をした。
そう、その結果だけで良いのである。
その結果こそが、『奇蹟』の理由なのだから。
「ある世界の神様は助かるべき人に印を与え、その人以外を殺したんだって」
猫は、人の姿に戻った猫娘は歌うように囁く。
「にふ。
確か民族か何かが基準だったかにゃ。
そこだけ聞くとすっごい話にゃよねぇ」
彼女の周囲には猫。
「ま、それはさておき。
あちしの刻印は罰せられるべき者だけに付いて、刻印持ちし者は死ぬべくして死んだ」
人形事件のもう一つの側面。
それは処刑である。
死すべき者だけを集め、殺させる。
その基準は快楽で彼らの仲間を汚したということ。
確かにソルジャーユニットのため、猫や犬を恐れるようになった者は多い。
しかし中にはそれを大義名分とばかりに人間に比べれば無力な彼らを捕まえ、陰惨に殺した者が少なからず居る。
百万もの人口を誇るこのアイリンでは例え0.01%でも百人なのである。
そしてソルジャーユニットを生み出した魔術師への警告として、魔術を悪しき技術のように流布したのである。
彼ら動物が悪いのではない。
原因は魔術師にある。
意味があるとは言い難い。
しかし少なからずこの事件を知る者の意思には影響したであろう。
そしてそれだけで充分なのである。
ある少女が犬を飼い始めた。
その犬は真っ暗闇に閉ざされた時、ずっと近くで吼えつづけていた。
それを知る両親も快くこの犬を飼うことを許してくれた。
それだけで、良いのである。
「これで元に戻るにゃね」
猫達が声を唱和させる。
自分達の主に対し称えるように、敬うように。
彼らの『依頼』は『復讐と回帰』。
代償は『服従』。
猫の歌が響く。
闇を祓うように。
その輪の中心で、猫娘は静かに微笑み体を揺らす。
こうして、狂気の夜は終わりを告げる。
誰にもその本当の意味を悟らせぬままに。
この奇蹟に意味はない。
これは余りにも滑稽な喜劇故に。
この奇術の価値は一つ。
魔術によって歪められた世界をゆっくりと矯正していくのみ。
明日また壊れるやもしれぬ秩序を恐れ、明日訪れる朝日を信じ。
アイリンという大都市の住人達は、同じく未来を想い、夜を過ごす。
SilentNight─────
夜の番人達は今宵も想う。




