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LUST OF CALAMITY  作者: 神衣舞
12/15

SOUND5 葬送曲『壊レタ人形』

『ありとあらゆる現象には理由がある。

 しかし、ありとあらゆる物に理由など必要はない。

 なぜならそれが絶対の摂理であり、どんなに思い悩もうとも、決断はすでに為されているからだ。

 例えば六面のサイコロがある。

 振られた後に出る目の確率はそれぞれ1/6であると言うが、握られた時の状態、高さ、確度、その他さまざまな要因は一つの揺るがない結果を生み出す。

 そこには1/6などという揺らぎはなく、出目は6種類という六面体サイコロを形容する意味しかない。

 一定以上の力を加えれば砕け、柔らかい地面に叩きつければもぐりこむ。

 子供の理屈のような純然たる『出目』しかそこにはない。

 そこに一つひとつ理由を付ける理由。

 つけなければならない理由。

 それは残酷までに揺らぎのない世界に抗う、唯一の揺らぎなのかもしれない』


 作者不明 『強欲なる支配者』




「やほ」


 虚空に足音。

 無駄過ぎるほど無駄な演出を高度600mの高空で行なうようなのは一人しか居ない。


「何用ですか?」

「にふ、よーやくだなぁと思ってね」


 若草色の髪が強風を無視して緩やかに踊る。


「お気に召す状況ですか?」

「うん。さすがにゃね。

 計画通り」


 彼女がした事。それは舞台の用意だけ。

 それ以上彼女は関わっては居ない。

 細かい修正は私の役目であるから。


「私は殆ど何もやっては居ません」

「うん。今からだもの」


 100万の命を内包する都市が眼下に広がる。


「あちしへの依頼はたった一つ。

 最初から、たった一つ」

「今更何を?」


 私は静かに創造主を見る。

 私という存在を、器を造った異端の造り手を。


「何も。

 全ては予定通り。

 でしょ?」


 含み笑い。

 一秒足りとも平穏を望まないような天性の災厄たる表情。


「用件は君への報酬にゃよ」


 不意に放たれた一言に私は訝しげな表情を作るに留まる。


「我が主、あなたが私に報酬を与える理由がありません」

「あるにゃよ」


 小さく肩を竦める。

 そんな姿は余りにも似合っていないので見る者に微笑ましさを与える事だろう。

 ただしこの場に第三者は介在せず、私にはすでに疑問が巣食っている。


「これは君の行動。

 でもあちしの依頼を代行している。

 料理を頼めば料理人はお金を貰う。

 そうでしょ?」


 すらすらと口上を垂れる猫娘。


「それ以前に私は貴女の所有物では?」

「ンなわけないじゃん」


 氷のように感情と言う温かみを一切付属させない問いをあまりにもあっさりと突き放す。


「では、私は?」

「請負業者?

 ま、そんなところにゃね」

「それは───」


 一瞬浮かんだのは憤り。

 それとも落胆だろうか。


「貴女自身の手を汚さぬという意味ですか?」

「にふ」


 妙な笑い声を漏らし、沈黙。

 普通に採るならそれは肯定の意。

 しかしそうと思えないのがこの奇怪な少女がまとう雰囲気。


「私は─────」


 私は貴女が作った人形です。

 人形劇は終わりなどではない。

 最初から最後までこれは人形劇なのです。

 その本当の操り手が手を放し、何を人形に望むのか。


「君には原型がある。

 それはあちしの手で造られたものじゃないにゃよ。

 現に、そうしようと思えばいつでもこの茶番から逃げ出すことはできたはずにゃ」

「それは戯言に過ぎません」


 それ以外の道は提示されていなかったというのに。


「じゃあ、今からでもやめていいにゃよ」

「…… やめさせたいのですか?」

「うんにゃ。ぜーんぜん」


 理解できず、遊ばれているのではないかという思いがじわりと浮かび上がる。


「あちしが今ここに居る目的は君が望む報酬を聞く事。

 それだけにゃよ」


 猫のほうの耳を掻いて薄笑い。


「今ここで君の機嫌を損ねる理由はないしね」


 言うなり彼女はくるりと背を向ける。


「決まったら教えて。

 天からの腕が君を掴む前にね」


 我が創造主にして最悪のトラブルメイカーはなんとも楽しそうに、その場を離れていく。

 まるで、私の思いを楽しむかのように。




「死者122名。

 負傷者はありません」


 あまりにも凄惨を極める被害報告に会議場は重苦しい沈黙に包まれる。

 戦時中であればともかく、平時でこれだけの死者が出るなど聞いたことがない。

 いくつかの例外は魔族に関わることだが。


「なお、今回の件で翼人雌体の存在が確認されています。

 腕が翼ではなく、背に羽のあるタイプでハーピーやセイレーンとは別種と思われます」

「該当種族は?」

「目撃証言からはなんとも。

 しかし翼人族はその殆どが絶滅か、それを危惧されており、生活範囲も人里からは離れています」

「偽装の可能性は?」

「否定できません」


 ライサは手元の資料を見もせず、的確に答えていく。

 この数ヶ月、立て続けに起きた異常事態に彼女は予想を越えた成長をしていた。

 否、成長をせざるを得なかった。

 特に今回の一件は魔術師ギルドの失態が大きく関わっているため、惜しみない援助が彼女を通じて赤に齎されている。

 それを一手に集約しまとめるのは半年前の彼女にはできもしなかっただろう。


「ですが、わざわざそのような姿に偽装する理由がわからないのが実情です」


 言われて誰も口篭もる。

 偽装とは己とばれないようにするものと他人に濡れ衣を着せることを目的とする物がある。

 特異な偽装は特に後者を思わせるが、個体数もよくわかっていない翼人に成りすまし得る利が見えない。


「とりあえず、だ」


 この会議を取りまとめる者。

 ジュダークは落ち着き払った声で皆を制する。


「敵については魔術師ギルドに一任しよう。

 我々はこの予告に対し対策をとらねばならない」


 予告。

 それはその翼人自身からもたらされた。

 来る日にアイリンを破壊すると。

 魔術師曰く翼人種にそれほどの力を持った者が居た例がないと言う。

 しかし同じくする人間にも神滅ぼしや、聖騎士など超越した力を振るう者は存在する。


「それに」


 誰にも聞かれぬ声で呟く。


 この件にはあの少女が関わっている。

 常識の範囲内で考えれば痛い目を見るのは火を見るより明らかだ。


「まさかアイリンに避難勧告を出すわけにはいかない。

 かといって何もしないわけにも行かない。

 相手が空を飛ぶ事を前提とするならば白に支援要請をする必要がある」


 弓矢と言う手段ももちろんあるが、街中で放ってどこに飛び込むかわからない。


「そこで、だ」


 ジュダークはおもむろに立ち上がると周囲を見渡した。


「赤は当日市内各所に展開。

 発見と同時に該当地区周囲300mに展開する」

「展開?」


 誰かの疑問符はこの場の総意。


「野放しにせよと?」

「ああ、その通りだ」


 刹那の迷いもない返答に懐疑の色を濃くした面々を見る。


「あれはボクが殺す。

 皆にはその後のことを頼む」


 黒きマジナイの一件を目撃した者は、その傍らにある槍を見た。

 この騒ぎが始まってすぐ、何処からか持ってきた魔槍を。


「これは命令だよ。

 質問もなしだ。

 納得しようとしまいと、従って貰う。

 では、解散」


 言うなり彼は座り、周囲をぼんやりと見渡す。

 惑いの視線があらゆる方向へと向けられ、しかし言葉一つないまま一人、また一人と会議室を後にする。

 最後に残ったのはライサただ一人。


「中佐」

「質問は、ナシだよ?」


 柔らかな声に次の句が継げない。


「大丈夫。上手く行くよ」


 その笑みは、どう見ても深い陰りだけがある。

 長い沈黙。

 ジュダークは動かず、組んだ腕を鼻先に固定し、祈るように目を閉じる。

 ライサは、結局何も言葉を発することができないまま、会議室を出ていった。

 重い足取りで。

 もしかすると、彼女が一番気になったのは彼が隠し事をしている事ではなかったのかもしれない。


 『殺す』


 呆れるくらい善人で、智謀の将と謳われ恐れられている父とは正反対の青年。

 倒す事よりもわかり合い救う事を選ぶ彼が躊躇いもなく発した一言。




 ────変わらざるを得なかった。


 それはライサだけの話ではない。

 誰にとっても、変わらざるを得なかった。

 それを強要させるような。

 そんな悪夢はクライマックスを迎えようとしていた。




 そして、最後の幕が上がる。

 あまりにも壮大な茶番劇。

 これは命を賭けた争いではない。

 一方的な殺戮への復讐と、思想への介入。

 争う余地など最初からない。

 全ては統一された意思の元で巻き起こった喜劇。


「にふ」


 彼女を取り囲み小さき者は見上げる。


「祭は終わりがあるから楽しもうと思える」

「祭はまた始まるから楽しみに思える」

「だから今宵の祭を心から楽しもう」


 一人の口。

 二つの声。

 三つの唱和は歌となり、夜に溶ける。

 彼女の目に映るのは遥か高空に薄く輝く膜のようなもの。

 それは加護であり呪いである。

 そしてその呪いはすでに役目を終えた。

 殺戮劇。

 100を越える死はその呪いの結果である。

 死すべき者。

 烙印有する者を集め、裁きを与える物である。

 猫の声は死者を祓う。

 猫の声は夜を守る。

 夜に踊る猫はその番人である。

 しかし番人は決して人のために存在しているわけではない。


「罪深き者には鉄槌を」

「優しき者には慈愛を」

「愚鈍なる者には教えを」

「聡明なる者には問いを」


 一つの音が二つにわかれ三つの声となって四つの詠唱となる。


「さあ、君たちの願いを今こそ叶えよう」

「不意に与えられた悲しみから解放しよう」

「この世界は人の物ではない」

「この世界は人の世ではない」

「それを理解するには人は余りにも驕り過ぎたから」

「それを理解できねど、心に闇を刻みつけよう」

「己の知らぬところで『人』が為した過ちの意味を」

「己の知るところで『人』が為した過ちの意味を」


 猫が鳴く。

 闇夜を引き裂くように。


「始めよう。

 カーニバルの夜を」

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