表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LUST OF CALAMITY  作者: 神衣舞
10/15

SOUND4 狂想曲『曖昧な境界』

『君の隣に居る者は何者か?

 それは人の皮を被った化け物である。

 君の前に立つ者は何者か?

 それは人の姿をした化け物である。

 何故同じでないのか。

 全く同じ人など居ない以上、それは君にとって化け物である。

 思い出しなさい。そのほんの僅かな差異を掘り起こし、人は『化け物』として殺す理由を見出し続けてきた。

 そして怯えなさい。その牙はいつしか自らの心臓に届くという、どうしようもない事実を。

 支配者は命じる。

 「あの化け物を殺せ」と』


 作者不明 『強欲なる支配者』




「……」


 会議室は静寂に包まれていた。

 そこにある人物は僅かに4人と1人。

 4人は重厚なローブの男。

 老いた容姿に妖気じみた威圧感を纏わせて並び座する。

 対して1人は余りにも年若い少女。

 4匹の妖怪相手に明らかに萎縮していた。

 少女の言うべきことはすでに言い終わった。

 それから20分。

 この沈黙は続いている。


「わしは静観を提案する」


 それからさらにどれくらい時間が過ぎたか。

 一人の男がおもむろに口を開く。


「所詮一時のざわめきに過ぎぬ。

 我ら魔術師ギルドが騒ぎ立てれば冗長することにもなりかねん」

「同意なり。

 過去何度も同じような事があった。

 しかし魔術は人の培った文化であり技術である。

 魔術排斥派は根強いがあれの戯言など皆聞き飽きておる」


 すぐにもう一人が追随。

 自然と口を閉ざしたままの一人へ視線が集まる。

 それを数秒受け止めて最後の男はゆっくりと顎鬚をさすった。


「我々は動じてはならぬ。

 平穏にしていれば自然と噂は消える」


 そして三人の視線が若い一人へと向けられる。


「赤に伝えよ。

 魔術師ギルドはこの件について一切の介入をしない。

 する意味もなく、理由もない。

 たわいもない噂話に踊らされては賢者の名が廃ると」


 少女は俯いたまま了解の意を継げるように頷いた。

 退室を命じた老人たちは知らない。

 今この瞬間にも、事態は遥かに悪化している事を。

 ほんのごく一部の者しか知らないある事実がまことしやかに流れ始めていたのだ。




 竜という存在がある。

 魔術を操り途方もない力を奮う。

 魔族と正面から戦えるその力はまさしく王者と称されるべき存在である。

 それ故に数年前の事件はまさしく悪夢と言えた。

 竜と魔族。

 人が抗うには余りにも実力が違いすぎるそれらが手を組んだ。

 戦いは熾烈を極め、数えるのが馬鹿馬鹿しいほどの死者を生み出した聖戦。

 その雌雄を決したのは『神』というワイルドカードを引き出した人間達だった。

 魔王は堕ち、竜は絶滅を噂されるほどに死に絶えた。

 だが、ある学者はその戦いをこう評価する。


「この戦いに措いて最も強い力は魔族の恐ろしい術でも竜のブレスでもない。

 最も強き力、それは人間の数である」


 と。

 数多の思考は技術を生み出し、また対象個体数という確率に対する暴力は『神』に好まれる者を必然とばかりに生み出した。

 竜と人。

 どちらが強いか。

 その答えは千差万別。

 では、竜と人、何故争わねばならなかったか。




「きゃぁあああ!?」


 一人の少女が尻餅をついて悲鳴を挙げる。

 そこを取り囲むのは数人の男女。


「こいつ魔術師だ」

「そうだ。

 魔術師だ」


 もしも彼女が冷静にこの場を俯瞰できるのであれば、自分を取り巻く彼らの異常に気付けたかもしれない。

 しかし今はそれどころではない。

 手には武器。

 目には恐怖と狂気。


「殺さなければ!」


 少女は確かに魔術師だ。

 ただ、魔術師として誇れるほどの腕前はなく、ギルドで末端の仕事を細々とこなしている。


「殺さなければ俺たちが殺される!」


 月の明かりが不気味に刃を輝かせ、混乱の極みに至った少女は逃げることすらも失念して呆けたようにそれを見上げる。


「─────防陣」


 数回殺して有り余る打撃その全ては不可視の障壁に阻まれる。

 少女が魔術を使った様子はない。

 そんな暇はなかったはずだ。

 現に少女自信が己の無事と、未だにその威力を失わない防御魔法に目を白黒させている。


「下らん」


 声は上から。

 見上げれば銀嶺の下、華が開くようなドレスをまとう少女が冷たい視線を振り下ろす。

 手には杖。

 しかしその異様なフォルムは死神の鎌を思わせる。


「汝、死を与えんとするならば」


 空は晴れ、星々が主張する夜空に黄金色の雪が舞う。


「己が死ぬことを覚悟せよ」


 その一つに不用意に触れた男の腕が燃え上がる。

 瞬き一つする間もなく、それは男の体を疾走。

 灰だけを残し存在を抹消する。


「ひぃ!?」


 残る者に与えられた時間はその悲鳴一つのみ。

 降りしきる雪から逃げられる者などいない。

 一瞬で炎の柱を量産したそれは、うずくまる少女には何の効果も与えずに静かにその役目を終えた。


「……ティアロットさん?」


 その少女は、舞う者の名を知っていた。

 彼女は司書であり、それ故に彼女と一番面識がある魔術師でもある。


「災難じゃったな」


 地には下りず、ティアは無表情に言い放つ。


「悪いことは言わん。

 しばらくは夜歩きを控えてなるべく外出するでない」


 言うことだけを言うと彼女は再びその体を空へと押し上げた。

 呆然とそれを見送って少女は己の体に纏う魔術と、風に流されずに残る灰だけに今のが幻想でないことを改めて痛感する。


 魔術師狩り。

 その事実は知っていた。

 だが、それはすぐに収まるようなものでなかったのだろうか?


「……どう、なっているんですか?」


 虚空に消えた問いへの答えはない。




 再び空に舞い上がったティアは静かにアイリンの街を俯瞰する。

 『魔女狩り』とも称されるそれが過去何回もあったことは知識の上で知っている。

 しかし魔術師ギルドの制定と国がまとまるにつれて偏見は次第に薄れ、少なくとも都市周辺でそのような騒ぎが起こることは皆無となりつつあった。

 魔術とは正体不明の力である。

 事実魔術師と言えども、魔法の本質を問われれば哲学じみた回答しかできないだろう。

 もしくは「水は水蒸気にも氷にもなることは知っているだろうが、どうして水にそんな性質が有るのか、説明できるかね?」とでも言ってはぐらかすか。

 しかし、世界には僅かならがその回答を不完全ながらも持つ者が居る。

 そしてその者達ならば、今回の噂に対して平穏ではいられないだろう。


「……どれとどれが繋がるか……」


 魔王の居城インダーラが突然消え失せてもう数ヶ月となる。

 魔族の動きを警戒せざるを得ないこの状況で、魔術師への疑惑は否定してもしきれない不気味さが漂う。

 それを冗長するように、『おまじない』の事件や、魔王崇拝の邪教によるテロ行為。

 子供の大量誘拐事件や今回の『強奪』事件。

 日常というには余りにもかけ離れた事件が続くと、理解できない不快感と不安を募らせていく。

 そこに与えられた言葉が「魔術師」という割かし良く耳にする、しかし得体の知れない物の代表格というべきもの。

 人は不安に対し、災いを抽象化する事で安心を得ようとする習性がある。

 『悪い魔法使い』というフレーズは子供なら誰でも一度は聞くだろう。

 これは実のところ疫病や災害を擬人化したものが大半なのである。

 つまり「正体不明の事件」を「魔術師の犯罪」に置き換えることでよくわからない物に対する不安を癒し、攻撃する事で事件への恐怖を紛らわせる。

 だが、曲がりなりにも魔術師への攻撃は危険を伴なう。

 初級魔術師が扱うマジックミサイル一つで簡単に殺傷できるのだ。

 ここで『魔女狩り』の真の恐怖が発現する。

 彼らに必要なのは『魔術師を退治する』という事実だ。

 しかし加害者にとって『魔術師と思われる』存在が必ずしも『魔術師』である必要はない。

 そもそもが代償行動なのだからそんな些細な事を気にはしない。

 徒党を組み、魔術師らしい存在を攻撃する。自分の身を安全に保ちながら攻撃できるように。

 しかも悪い事に魔術師ギルドに所属する者の殆どは非戦闘員である。

 多くの者が魔術の才はなくとも魔術を研究するための学術員として活動を行なっている。

 完全に非体育会系の彼らに己の身を守れと言うのは酷な話である。

 では、どうなるか。

 答えは首都防衛に携わる赤が担当することになる。

 『強奪』事件で四苦八苦している赤は、さらに頻発する集団暴行事件へ対応するため不眠不休の活動を強いられる羽目になるだろう。

 囁かれる「魔術師による国家転覆」という噂も、主語は違えど信憑性を帯びる話だと皮肉げに思う。


「おや、奇遇ですね」


 闇が静かに囁く。

 身体能力にいまいち自身があるとは言えないティアだが、その反応は早い。

 無意識のうちに詠唱した竜牙だが、相手を確認する事ができなければ撃ち放つことはできない。


「そう殺気立たないでください。

 今日は公のお遣いですから」


 左、空中で足音。

 ありえない。

 後ろから声。

 G-スラは反応すらせず、人の居る気配はない。

 ノイズ。

 かつてルーンのスラムでティアを追い詰めた狂気の暗殺者。

 音を意のままに操る闇。


「失せよ」

「まぁ、まぁ。

 もう貴女へ害を加えるつもりはありません。

 なんならミスカさんに保証していただきますか?」


 彼が今誰の意志で動いているかくらいは知っている。

 ただあの最悪の夜をあっさりなかったことにはできそうにない。


「まぁ、いきなり消し炭にされたくないので遠方から失礼を。

「……もう、そこまで噂は伸びたか」

「はい。

 諸国もこの動きは知っているでしょう。

 ルーンに動きがありますが、明確な活動は自粛しています。

 セムリナとドイルは事件が飛び火しないように内々に動いているようですね」

「…… で、わしに何の用じゃ?」

「犯人に察しがあるのではないかと」

「……皆目検討もつかん。」

「では目的は?」


 問われて逡巡。


「……思い当たることがおありで?」


 否定もない。

 思い当たることは確かにある。

 しかしたかだかアイリンで起こした騒ぎがそこまで発展する可能性があるのか?

 最悪の事態を想定し、それに備えることで事件を円滑に処理する。

 大山鳴動して鼠一匹ともなりえるが、それがティアの基本スタイル。

 だからこそ、その可能性が脳裏を過ぎる。


「聖戦の再演。

 竜の代役に魔術師を選んだ、のぅ」

「ありえますか? 魔術師ギルドが魔族に味方するなどありえると思いますか?」


 少しでも物の道理がわかるなら魔術師が魔族に味方するなど一笑して終わりに違いない。


「……貴女は可能性があると、断じるのですね」

「……否定はせぬ」


 魔族と魔法の関わり。

 無論それは魔族にとっては当たり前の事実だろう。


「それが聞ければ十分です。

 では早々に失礼を」


 まるで白昼夢だったかのように何一つ痕跡を残さず消え行く。

 あくまで可能性だと声にせず呟き、思考を巡らせる。

 何よりも、あの目立ちたがる側近の姿が見えない。

 少なくとも言える事が一つだけある。


「早く終止符を打たねば、事態はどこまでも悪くなる気がするわ」


 どこまでも。

 その果ては悪夢の再来か、それとも───────




 そしてなお高みにあって、静まる町を睥睨する。

 地を駆け巡り事態を収拾せんとする者たちを見下ろし、その一点であの姿を認める。

 己の不干渉を謳っているようだが、彼女から聞けばそれは明らかな助言であり、己と対立する行いである。

 無論咎める手段も、理由もない。

 あれが描いたのは開始の構図のみ。

 どの結末に至るかまではあれにあるのは予測だけだろう。

 そもそもあれは可能性を作る者だ。

 その可能性に至る手段を用意するだけの存在。

 だが、その手段を用いて別のことを行なおうとも、あれに干渉する理由はない。

 例えば私があれの意図を反しここで全てを終らせたとしても、あれは厚顔無恥を貫くだろう。

 しかしその一方であれは決して的外れな真似はしない。

 選択を誤らなければ、また対価を惜しまなければ、それは目的を果たす絶対の道となる。

 曖昧な境界線。

 裏切りと意味の失墜を意味する姿なき線。

 私にはあれに反するという選択肢がありながらも、それを行なう理由を持ち得ない。

 故に今はただここにある。

 揺らぐ線を踏み越える事はない。

 迷宮を彷徨うような事象が私のところまでやってきた時、私が持ちえたたった一つの意義を為すために。

 人形たちが踊る、町を見下ろしながら。




「魔法ってのはザッガリアの神聖魔術らしい」


 その噂は凄まじい速度でアイリンに広がっていた。


「神の力を使う魔法があるなら、魔王の力を使う魔法があってもおかしくない。

 今ある魔法が実はそれなんだ」


 突拍子もない解釈だが、魔術の正しい知識を一般人に求めるほうが無理というもの。

 むしろよくわからないすごい物という認識しかない以上、感じられるのは不可解から生み出される恐怖に他ならない。


「よく考えてみろ」

 

 人々は囁きあう。

 賢者の学び舎にある者達の予想を越え。


「魔法って名前こそが魔族どもの術だって自ら名乗っているじゃないか!」


 あいつらは化け物。

 人とは違う化け物。

 魔族の眷属であり、つまりそれは

 我々にいずれ仇為す敵──────

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ