ラノベゲームでカンニング!〜口下手な俺はもう間違えない〜
よろしくお願いします。
頭痛がする。
目の前の婚約者が眉をハの字にしながらなにか話しているが、全く頭に入ってこない。
「それでは……の件はどうなさるのですか、エブリオ様」
そんな困った顔も可愛いエイプリルだが、今はうまく頭が回らない。
どうやら今度の婚約披露パーティーの話らしい。大切なエイプリルのための会だ。俺のことなど気にせず思うようにやってほしい。
なんて言葉を返そうか。考えてもなかなかまとまらない。
その時、ピコン! という妙な音とともに目の前に言葉が浮かび上がった。
→①「君だけが大事だと思ってるパーティーだ。勝手にすればいい。俺は関係ない」
②「君のことを大事だと思っている。君のためのパーティーだ。自由にしていい。俺のことは気にしないで」
③「……勝手にしろ」
目の前に透明な板があってそこに言葉が書かれているような、そんな光景だ。選択肢が3つあり、①の文が現時点では少し他よりも明るくなっている。視線を下げると、②が明るくなったり、③が明るくなったり。
意味がわからない。これも頭痛の影響か? と思う。しかし、あまり深く考えることもできず、特に考えずに話す。
「君だけが大事だと思ってるパーティーだ。勝手にすればいい。俺は関係ない」
驚いた顔をしているエイプリル。俺は口下手だと自覚がある。また何か悪いことを言ったかもしれないが、体調がすぐれずそろそろ限界だ。
「気分が悪い。今日はもう下がらせてもらおう」
「そんな……。このあと私は(パーティーの準備を)どうすればいいのでしょうか」
「(今日のところは帰ってもいいし、しばらく寛いていてもらってもいいし)好きにすればいい」
そんなやり取りだけをなんとかして、部屋を辞する。あとのことは執事に任せて。
ふらつきながらもなんとかたどり着いた部屋のベッドに倒れ込む。
この日から俺は三日間ほど寝込んだ。
その三日間で、変な体験をした。
夢なのか現なのかもわからない。俺は全く知らない世界にいた。
その世界で俺はラノベゲームなるものにはまっていた。
四角い箱の前に座り熱心にその箱を見つめている。そこで繰り広げられるのは恋愛模様。そしてそこに映るのは……俺? そして、エイプリル!?
【2】
寝込んでいる間、俺は全く知らない世界にいた。その世界で俺はラノベゲームなるものにはまっていた。ライトノベルを基盤にした物語風のゲームだ。
四角い箱の前に座り熱心にその箱を見つめている。そこで繰り広げられるのは恋愛模様。そしてそこに映るのは……俺? そして、エイプリル!?
そこに出てくる少女はとても可愛らしかった。俺のタイプだ。こげ茶の髪の毛、象牙色の肌、ピンクの頬。そして萌黄色の瞳。少し大人びたシルエット。明らかにエイプリル。
対する男は、ブルネットの髪。切れ長の瞳。不機嫌な表情。これは間違いなく、俺。名前もそのままエブリオ。
どうやらこのゲームなるものは、手元の道具で操作できるらしい。内容としては、選んだ選択肢によって好感度が上がる仕組みのようだ。
頭はぼんやりしているが、操作は体が覚えている。操作しているこの肉体は、少年か? 詳しいことはわからないが、しばらくするとこの世界の環境にも馴染み、順応し、薄暗い部屋の中ゲームに没頭した。
俺は大好きなエイプリルの好感度を上げたくて、めちゃくちゃやり込んだ。
その結果、現時点と言えばいいのか、俺が頭痛で寝込んだ日まで追いついた。
このゲームは不思議なことに、俺がエブリオとして生きていた世界を正確になぞっていた。どの場面も見たことのあるものだ。
スチルなるものもあり、俺の思い出をなぞられるようなそんなこそばゆいような気持ちになった。
そして思い知った。
俺の選択は完全に間違っていた。ことごとく。
【3】
ゲームでは複数の選択肢があり、それを選ぶとそれぞれの結果が反映されたストーリーを見ることができる。いい結果もあれば悪い結果もあり、その中間もある。様々なパターンを経験でき、簡単に分岐点まで戻ることもできた。
「こんな回答では好感度が下がるのは当たり前ではないか!」モニターを目の前にそうつぶやく。
俺が今まで吐いてきた言葉は、そのどれもが最悪のパターンを反映するものだった。むしろよく今までエイプリルに愛想をつかされていないものだと妙に感心してしまう。
しかし、かなりやり込んだので要領がわかってきた。
例えばドレスを選ぶとき。
①「今はこれが流行っているんだね。君に似合うと思うよ」
②「君はミーハーだからね。どうせ流行りものが好きなんだろう。これがお似合いだよ」
③「どっちでもいいんじゃない?」
これは初級といえよう。正しい回答は①。恥ずかしそうに、でも嬉しそうにドレスを着るエイプリルの絵が見られて、画面の前で悶えてしまった。
ちなみに俺が昔選んだのは②番。当時は気が付かなかったが、俺が去ったあとにため息をつくエイプリルの姿が描かれていた。別の意味で悶てしまう。
そんなことを繰り返すうち、何通りもあるエンディングのうちSランクまで出せるようになった。
最後の彼女の言葉は、「私のどこが好きなのですか?」
自分に自信をなくしていた彼女。俺の言葉が信じられなかった彼女が、俺の愛を信じるために問う、大事な場面。
ここで、「君の〇〇が好き」という選択肢があがる。〇〇に入るものが、複数あるパターンだ。選択肢は無数にある。一つだけが正解というわけではなく、エイプリルのいいところを言えればいいという、ボーナス問題でもある。
こんな簡単なところで間違えてしまうと、超バッドエンドを見ることができてしまう。
エイプリルの好きな要素を伝えると、信じられないくらいに可愛い顔で喜んでくれる。そんな彼女の顔が見たくて、何度もこの問題をやりこんだ。
そして俺は今にまた戻ってきた。
【4】
――わかる! わかるぞ! 正しい回答が。
我が家にまた訪問してくれたエイプリルとの会話が弾む。
現実世界でも、なんと言えばよいのかわかるようになっていた。ゲームやりこみの効果だろう。
俺はもう間違えない。なぜなら、記憶の中のラノベゲームでカンニングできるから。
頭痛がして彼女を追い返すように別れた日。あの時は普通に「体調が悪い」と言えばよかったのだ。なぜあの言葉のチョイスだったのか、今では全くわからない。さり際の彼女の寂しそうな顔が思い起こされては申し訳なさが募る。
言葉選びを間違えなければ、彼女も喜ぶしそれを見て俺も喜ぶ。会話が楽しくてたまらない。
あんな言葉を吐かれたあとだというのに、エイプリルはプレゼントを持ってきてくれていた。彼女の瞳の色が使われたブレスレット。
①「これをつけるなんて気恥ずかしいな」
②「これをつけるなんて恥ずかしい」
③「こんなものを俺がつけると思ったのか。恥でしかない」
この選択肢はゲームでけっこう悩まされた。①と②の区別がなかなかつかなかったのだ。だが、②を選んだ場合、③と同義と捉えられる。結果が同じだったのだ。
言葉は難しい。一文字だけで印象が異なる。
間違えることなく、①を選んだ。恋人の色を身につけられる。なんて幸せなんだろう。人によってはもう少し気の利いたことを言うのだろうが、俺にはこれが限界だ。
「ありがとう」お礼を言うのも忘れない。
「萌黄色は好きなんだ」さりげない言葉も出るようになった。
嬉しそうに笑うエイプリルの笑顔は最高だ。リアルは破壊力が違う。俺は幸せを噛み締めながらブレスレットを身につけた。
【6】
ようやくここまでこぎつけた。
とうとうエンディングロールへと続く最後の場面にたどり着いた。
場所はふたりの思い出の場所。初めて出会った、湖畔。夕日を眺めながら、ベンチに二人並んで座っている。
「君のことを大切に思っている」
間違えずに、そう告げることができた。夕日が沈んでしまうとアウトだ。タイムリミットまでに言葉にできたので、これは勝ち確定だと興奮する。表情に出さないようにするのに必死になりながら、エイプリルの返事を待つ。
「私のどこが好きなのですか?」とくるはずだ。
その問いに完璧に答えられる自信がある。エイプリルの長所はたくさん知っている。
でも。
「あなたはご自身のどこが好きなのですか?」
エイプリルの口から出た言葉は、ゲームのセリフと異なっていた。
頭が真っ白になった。
【7】
ゲームにこんな問いかけはなかった。思わず動揺してしまう。
しかし、ここで外すわけにはいかない。
必死で考える。なんて答えるのが正解だ? 何を言えば彼女は喜ぶ? そもそもなぜ彼女はこんな問を?
そんな疑問がたまの中をグルグル巡る。
でも、黙っているわけにはいかない。ゲームではないにせよ、夕日が沈んでしまうと帰宅時間だ。タイムリミットは決まっている。
そもそもこれまで正解を選べてきたのは、ゲームで散々正解を目にしてきたから。俺自身の会話能力が上がったわけではない。正解をカンニングできていただけだ。
それでも、必死に言葉を紡ぐ。
「俺は……、口下手だ。うまいことは言えない。でも。それでも。君への思いは本物だ。君に伝わるように、懸命に言葉を考えた。今までも。これからも。今現在も。そうだな……、そうだ。諦めずに逃げなかったこと。君を喜ばせようと努力したこと。そんな自分は、……嫌いじゃない」
しどろもどろ、つっかえつっかえ、そう言った。
だんだんと自信がなくなり、うつむいてしまう。
しかし。
「そうなのです!」
エイプリルの声が耳に飛び込む。それにつられて顔を上げると、いつも以上に頬を赤く染めた彼女の顔が。とても嬉しそうに俺を見つめている。
「そうなのです。あなたはとても優しいのです。自信を持ってください! 自分の心を、体面を差し置いても私の心を考えてくれる。苦手なことに向き合ってくれる。そんなあなたが……私はたまらなく愛おしいのです!!」
彼女はひと息にそう言う。
そして、抱きしめられた。
この抱擁はゲームでは味わえない。こうして俺はゲーム以上の幸福を味わうことができた。
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