第3話 セツの過去(3)
――次に目が覚めた時には、小さな檻に入れられたまま、馬車に乗せられているところだった。こうなってしまってはもう奴隷になるのを待つしかない。
そう悟った時、あらゆる後悔が津波のように押し寄せて来る。あのときどうして現場に行ってしまったのか。どうして早く逃げようとしなかったのか。どうして守りきれなかったのか。…どうして思いを早く伝えられなかったのか。
「……クソっ…」
考えれば考えるほど、自責の念に苛まれる。何もかも過ぎ去ってしまった日常はもう、戻ってはこない。今はただ、馬車の揺れる音を聞きながら、奴隷として売り出されるその時を待つしかない。
――しばらく経つと、なにやら前方が騒がしくなってきた。すると刹那、けたたましい衝撃音と共に、荷車が大きく揺れる。
「…な、なんだ…?」
前方は阿鼻叫喚である。するとなにやら、誰かの叫んでいる声が聞こえてきた。
「お、おい!おかしいだろ!どうしてこんなとこに魔獣がいるんだ!」
「そ、そんなん俺だって知るか!なんだってんだよ!ここはダンジョンでもないっていうのに!」
「お、おい!こっちに…こっちに来るな!」
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
今度は馬車がひっくり返るような衝撃が襲う。
「…あうっ!」
狭い檻の中にいたせいか、後頭部を鉄の棒に激しくぶつけてしまった。またしても、意識がだんだん遠くなる。しかし、今度はもう目覚めることはないだろう。思えば、これは神様が自分に課した罰なのかもしれない。大好きな人1人守れない愚かな自分への罰。
(アテナス…ごめんよ…)
こうして、僕の意識は完全に暗闇の中に閉じ込められた。
――もう2度と覚めないと思っていたが、自分は相当の運の持ち主のようで、閉じたはずの暗闇に再び光が差し込んできた。身体はびくともせず、視界も悪い。もしかしたら自分は死んでしまって、ここは天国なのではないかと妄想してしまうくらいだった。そのとき、誰かの声が聞こえてきたことで現実に引き戻された。
「お主、気がついたか」
「…うっ…あう……」
「これこれ、無理して喋るでない。今のお主は、重傷もいいところじゃ。なんせ、2週間も眠っておったんじゃからの」
(そ、そんなに寝ていたのか…。)
「だが幸い、命に別状は無い。まあ、全治6ヶ月ってとこじゃな」
そう話すのは、喋り口調はどう聞いても年老いたジジババなのに、みたところ自分より幼そうな少女(?)であった。それにあの耳は…。
(もしかして…お父さんが言っていた長耳族か?)
お父さんは昔世界中を旅していて、世界の幅広い知識をよく僕に教えてくれていた。長耳族は長い耳が特徴の種族で、世界にごく僅かしか存在しないと言われている。その大半は深い森のどこかに住んでいるらしいのだが、みたところ森の中ってわけでもなさそうだ。すると、
「おお、お主、わしの種族が分かるのか。わしらは個体数が少ない故、そもそもエルフを知らないって人もおるのに、その歳で博識じゃのぉ」
(…!!?)
「お、驚いておるな。どうして自分の心の中が読まれたのか」
(まさか…これは魔術…なのか?)
「ご名答。わしらの種族は生まれつき魔術に長けていてな、心を読む魔術はなかなかに高度じゃが、慣れれば朝飯前よ」
(魔術…僕も魔術があればあの時……あれ?あの時ってなんのことだ?)
「ん、なんだお主、記憶が飛んでしまったのか?まあ、お主は発見時に頭に強い衝撃が加わった跡があったから、そのせいかもしれんな」
(そうなのか…)
「まあ、そう慌てるでない。時間が経てばそのうち記憶が戻ることもあるじゃろ」
(そんなものなのか?…っていうか魔術で治せたりしないの?)
「わしは治療の類は苦手じゃ。そもそも治療系魔術は希少なんじゃよ。もっとも、脳に治療系魔術なんて負荷がかかりすぎて、やったら死ぬかもしれんがな」
(そんな…)
「まあ、落ち込むでない。…みたところお主、当分身寄りがないのであろう。わしが引き取ってやろうか?」
(…いいのか?)
「まあ、わしも暇ではないから…そうじゃな、わしの魔術の研究を手伝ってくれ」
(そんなことでいいなら…なんでも手伝うよ。命を助けてもらった恩も返したい)
「じゃ、決まりじゃな!今日からお主はわしの助手兼家族じゃ!」
(うん…え?家族!?)
「いいじゃろ、家族!わしも一度は息子のようなものが欲しかったのじゃ」
(君がそれでいいのなら…よろしくお願いします…)
「何照れとるんじゃ。まぁ安心せい、お主の記憶が戻るまでじゃ。何も本物の家族の座までは奪わんよ」
(そういえば、君の名前は?)
「たしかに、言ってなかったな。わしの名前はソフィア・アムール、ソフィアで構わんよ。あと、お主がさっきから気になっていたようじゃが、こう見えてもう1000年は生きておるからの」
(…!!?、そうなのか…。にしては少し若くないか…?)
「これは不老の魔術じゃ。争いが起きそうで怖いから誰にも方法は明かしてないが、わしの研究の成果の一つじゃな。なーに、しっかりと歳は取っておるぞ。もっとも、今が何歳かなど等に忘れたがの!ハッハッハ」
(わかった、じゃあソフィアさん?)
「ソフィアで構わんよ、わしのことはお母さんと思ってくれていい!」
(……どっちかと言えばおばあちゃんのような…)
「…お主、聞こえておるからな?」
(…っ!はい、ソフィアお母様!)
「よいよい。それで、お主の名前は?覚えておるのか?」
(自分の名前…思い出せない…)
「そうか…ならば!お主はこれからセツと名乗れ!」
(どうしてセツ?)
「…わしにとって大切な息子ができたからじゃ!…なんだ?安直すぎて気に入らんかったか?」
(いや…セツ…いい名前だよ。ありがとう)
「いいってことよ!これからよろしくな、セツ」
(ああ、よろしく)
補足:この時点でセツは推定9歳です。小4ぐらいですね。
礼儀を知らないクソガキです。
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