93:蠢く影と蟲(???side)
その頃、ブレイジア領…。
公爵家の本邸は様々な魔物達が跋扈しており、さながらダンジョンの如き様相と化していた。
「おい、どうするつもりだ」
本邸の一室、中庭を見渡せる書斎でバグラスが苛立たし気に問いかける、問いかけられたフィフスは調度品を眺めながら返した。
「どうする…とは?」
「惚けるな、この国を落とすならバドル=グラントスの首を取らなければならん…だが黒嵐騎士が来た事でもはやそれは叶わん。
ここにいる魔物達全てを使ったとしても奴等を倒せるなど楽観視も良いところだ」
「くくくっ、私とてそこまで過小評価はしていませんよ」
フィフスはバグラスにそう答えながら中庭を見やる、口元に笑みを浮かべながら話し出した。
「今回の件で分かりました、私達が警戒すべきは怪物の兄の方ではなく化物の弟…セルク=グラントスこそ真っ先に対処すべき存在です」
「…言うからには策があるのだろうな?」
「ええ…幸いな事に使える駒がありますからねぇ」
そう言ったフィフスの視線の先には一見すると鉄くずの山と見紛う巨大なものがそこにいた。
だがそれは踞った巨大な魔物だった、鈍い光沢を放つ鉄を鱗の様に纏う巨体は膝を抱える様にして座り微動だにしなかった。
「…貴様等、娘になにをした?」
フィフスとバグラスが声の方へと顔を向ける、そこには鎖で壁に磔にされたブレイジア公爵がいた。
ブレイジア公爵は王国軍が敗走したという報告を受けてすぐに私兵を集めて対応しようとした、だがその直後にこの二人の襲撃を受けて囚われの身となっていた。
フィフスは公爵の前まで来て目線を合わせると懐から水晶を取り出す、それを見せびらかす様に掲げながら笑みを浮かべた。
「私はただこちらの品を提供しただけですよ」
「…おぞましい、人を魔物に変える魔道具など正気の沙汰ではない!」
「魔物、とは少し違いますねぇ」
フィフスはそう言って舞台役者の様に大袈裟な仕草で水晶を弄ぶ、そして嬉々として話し始めた。
「これは“鍵”なのですよ」
「鍵…だと?」
「そう、人間が持つ黒い感情…普段は閉ざされた闇を開け放つ鍵なのです、解き放たれた闇は肉体を門にして魔物ならざる獣…言うなれば魔獣とでも呼ぶべき者になるのか、それとも鍵を門にして力あるものへと変えるかは使用者次第なのですよ」
フィフスは水晶を公爵の眼前に突き出した。
「素晴らしいでしょう?使用する者に合わせて抱えてきたものを力に変える、私の至極の一品でございますよ!…まぁ貴方の様に例外もいる様ですが」
フィフスはため息をつきながら公爵を見下ろした。
「貴方の様に心に折り合いをつけすぎてる人間には起動させる事は出来ない様ですねぇ…実につまらないお方だ」
「ふん、褒め言葉だな…貴様等の駒となって国賊となるくらいなら無能な公爵として死ぬ方がまだマシだ」
「つれないですねぇ…ですが、貴方の娘さんは逸材だ」
つまらなそうな顔から一転してフィフスは中庭の魔獣を示した。
「年頃の人間は良いですねえ!未熟ゆえに闇を抱く!発展途上故にその闇と折り合いをつけられず重く!濃く!深くなっていく!
貴方の娘さんはまさしく人間らしい人間ですよ!あそこまで至るほどの闇と素質を持っているのですから!」
「貴様…っ!」
「そしてそれはセルク=グラントスにも言える事です」
フィフスはそう言ってその場にいる全員に聞かせる様に言葉を並べる。
「彼は確かに強い、ですが彼が振るう闇の力は心が揺らげば身を滅ぼす諸刃の刃でもあるのです」
フィフスの手から水晶が消える、代わりにその手には黒曜石から削り出したかの様な鏡が握られていた。
「彼がここまで来たならばもてなしましょう心から、そして馳走しましょう…人間の醜き闇を」
フィフスの言葉が空間に響き、水底に沈む様に消えていった…。




