91:成長(バドルside)
「う…」
バドルが目を覚ますと治療院の天井が視界に入った。
体を起こしてみると感じていた疲労感はなくなっていた、思考も倒れる前よりハッキリと動く。
「私は…」
少しずつ自身に起きた事を思い出していく、大型を倒した後にグレブに襲撃されて殺されかけたところに…。
「そうだセルクが…」
「バドル様、お目覚めになられましたか」
そこまで思い出したところで物音を聞いたのか騎士が扉越しに声を掛けてくる、入室を許可すると水を持ってきてくれたので一杯貰って呷る様に飲み干した。
「ありがとう、状況はどうなってる?」
「バドル様が倒れた後、陛下は救援を受ける為に軍の全指揮権をセルク様…いえベルク様に譲渡されました。
現在はベルク様を主導に次の襲撃に対する備えをしているところであります」
「全指揮権の譲渡…!?」
思わず素で驚いてしまう、今の状況を考えれば帝国からどんな条件を出されても拒む事は出来ないが指揮権の要求はこの国を守る為に必要なものだ。
だがセルクにこの国を守る必要はない、なにもしなくとも滅びるであろうこの国の風潮と悪意にさらされてきたセルクがそうする理由は…。
「私がいるから…か」
どうしてかは分からないがセルクは今の状況を知ったのだろう、この国をどれだけ嫌悪していたのだとしてもセルクなら助けを求めれば来てしまうのは分かっていた。
だからこそ巻き込まない為に教国には救援の伝書を送っていなかったのだが…。
「結局助けられてしまったね」
少し自嘲する様に笑うとベッドの上から降りる、体を少し動かして具合を確かめるが問題はなさそうだ。
「バドル様、まだ休んでいた方が…」
「大丈夫さ、それに弟が頑張ってくれてるのに兄が休んでる訳にはいかない」
随分と情けないところを見せてしまったし助けられた、だから…。
「今度こそ力にならないとね」
そうして病室を後にした。
―――――
「凄いな…」
兵士達が忙しなく動く防壁の周辺は簡易的な拠点と言えるものになっていた、防壁の奥には様々な物資が並べられており防壁にも上に登れる様に改良されている。
防壁の上には原始的な投石器が設置されており、投石器には紐の付いた蓋がされた壺が備え付けられていた。
「…もしかしてあの壺の中身は油かい?」
「はい、ベルク様の命令で王国中にある油を集めました。
これならば魔術でなくとも有効な攻撃と牽制になると」
「火壺か…確かに今の状況なら有効な手段だ」
火壺は魔術がまだ発展していなかった乱世の時代に使われていたものだ、油を詰めた壺に火を着けて投擲するだけの単純なものだが戦において猛威を振るったという。
だが魔術の時代が流れ発展していく内に防ぐ手段が幾つも生まれた事でその有用性は失われていった。
火壺や投石器以外にも様々なものが用意されていた、丸一日寝ていたとは言えここまで用意するなんて…。
「どうやってこれだけの設備を?」
「はい、投石器等は王都にいる職人達に、火壺の製作は住民に行わせました」
「民達に!?」
「火壺は単純な構造なので作り方さえ教えればすぐに製作できるとベルク様が提案し実行しました、戦えなくともやれる事はあると」
目から鱗が落ちるとはこの事か、私は王都の民達は守る対象としか見ておらず協力させるなど考えつかなかった。
それに投石器等は魔物相手なら魔術に匹敵する有効な手段となるだろう、だが魔術を主体としてきた王国ではそういうのがあったという程度の認識だった。
これは魔術に頼らない生き方をしてきたセルクだからこそ思いつける方法だろう。
なによりも凄いのはこれらの手段を王国の軍が不平不満を見せる事なく用意してる事だ、僅かな時間でこれだけのものにするのは兵士達が一丸となって動くのが前提でなければならない。
「…セルクは何処に?」
「こちらになります、今は騎士団長達と大型への対策を検討している筈です」
騎士に案内されながら唾を飲む、この間だけでセルクの凄さを改めて理解した。
「本当に強くなったね…セルク」
久しぶりに会う弟に期待や緊張といった複雑なものを感じていた…。