90:狂奔の月
「兄貴はお前等の為に死にかけるくらい休まず戦い続けた、国王はお前等を救う為に築き上げた全てを差し出す覚悟で頭を下げた…それで、お前等はなにをしている?」
兄貴ならどうするかと考えたが無理だ、俺には兄貴の様には出来ない。
「自分よりも年下に全て押しつけて、守るべき王に頭を下げさせて守られて、なにも思わないのか?なにも感じないのか?」
なら…俺は俺なりのやり方でやるしかないだろう。
「俺がいなければどうなる?なにもしないで殺されるのか?住んでいた家が跡形もなく壊されても良いのか?お前等の妻も子も生きたまま喰い殺されても仕方ないのか?」
嫌われようが構わない、どうせこの国での評価は地に落ちている。
「戦う気がないならまた全部押しつけて逃げてしまえよ、いるだけ邪魔だ」
しんと沈黙がその場を支配する、だが剣と鞘を鳴らす甲高い音が沈黙を破った。
「私は戦おう」
騎士団長が芯のある声で答える、その後ろには騎士達が並んでいた。
「我が国は恥を重ねてきた、力が足りず結局ベルク殿の力に頼らざるを得なかった…だからといって戦わぬという更に恥知らずな真似をするなど到底できん!」
騎士団長の声が響く、背後にいる騎士達も剣を掲げて叫ぶ。
「果てるならば我が国を!我等が住まう地を守って果てる!騎士でありながら守られるだけなどあってなるものか!」
「そ、そうだ…」
騎士団長の宣誓にぽつりぽつりと兵士達が同調する、やがてそれは波紋の様に広がっていった。
「此処は俺達の国だ」
「俺達が守らなきゃならない場所だ」
「どうせ死ぬなら、胸を張って死にてえ!」
心に火が灯り始めた、後は燃え上がらせるだけだ。
「ならば戦え!!」
「「「!」」」
「手にした武器で!身につけた鎧で!自分が誇れる戦いをしてみせろ!!
家族を守れ!国を守れ!誇りを守ってみせろ!」
黒い風を起こしながら剣を展開して掲げる、兵士達の顔にはもはや恐怖などなかった。
「武器を手にしたなら最後の最後まで戦え!戦士としての務めを果たせ!誰かに任せるのではない!己の手で意志を貫いてみせろ!!」
「「「応っ!!」」」
「忘れるな、お前等が戦うのは…明日を生きる為に戦うという事を!!!」
「「「応――――っ!!!」」」
兵士達が武器を掲げて叫ぶ、今ならば俺に反発する者も出ないだろう。
「全員次の戦いに備えろ!動ける者は防壁の補強と周辺の工作と斥候に回れ!魔術が使える者は大型に対応する手段を教えるから次の襲撃までにものにしろ!動け!!」
俺の号令に兵士達は一斉に動き出す、俺も防壁を降りて騎士団長のところへと向かった…。
―――――
「協力感謝します、騎士団長」
ベルクが周囲に聞こえないくらいの声量で礼を告げると騎士団長は頭を振って答える。
「私のした事など些細なもの、助力なくともベルク殿は間違いなく兵の士気を高める事が出来たでしょう」
「どこまで保つかは分からないですがね、今のうちに体制を整えます」
また後でと言い残してベルクは集まった魔術師達の方へと向かう、騎士団長も自身のやるべき事をする為に動いた。
「強さだけでなく心を奮わせ、戦いへと赴かせる扇動の才まであるとは…我が国は本当に馬鹿な事をしたものだ」
震える手を握りしめる、ベルクの言葉を聞いてから武者震いが治まらない…事前に協力を打診されなかったとしても自分はああして声を上げていた事だろう。
「絶望的な状況だと言うのに昂りが収まらん…彼がお前と共に騎士団を担う姿を見たかったよ、ラクル」
一瞬だけ父親の顔になって騎士団長は空を見上げた…。