86:照らされ輝く者
「セルク…」
久しぶりに会った兄貴は俺から見ても酷い有り様だった、あのクソ野郎にやられたものだけじゃなく相当無茶を続けてきたのだろう。
「兄貴、積もる話はあるけど…まずはアレを片付けてくる」
兄貴が無事なのを確認してクソ野郎の方へと向き直る、横目でアリアとセレナが来るのを確認しながら剣を握りしめた。
「な、なんで貴様がここにいる!?貴様は教国にいる筈だろうが!?」
「黙れクソ野郎、なんであろうとお前は殺す」
「このグレブ様にクソ野郎だと…!不意打ち程度でいい気になるな出涸らし風情がぁ!」
立ち上がったクソ野郎…グレブが立ち上がって異形の剣を振り下ろしてくる、それを真正面から剣で受け止めた。
「貴様なんぞ片腕で充分なんだよ!」
グレブの右腕の血管が浮き上がって押し込む力が強くなる、だが地面を踏み締めて力を込めて押し返した。
「な?は?」
徐々に押されている事にグレブは間抜けな反応をするが剣を打ち上げて胴を斬る、斬られて下がった瞬間に槍へと変えて腹を貫いた。
「ごえっ!?」
背中まで貫いた槍の穂先を斧槍に変えて振り回す、斧槍の鉤と斧刃が返しとなって抜けなくなったグレブごと力任せに投げ飛ばした。
「ぐがぁ!?な、あ…」
「非力だな」
「き、貴様ぁ!?“氷穿槍弾”!」
斧槍を消すと憎悪で顔を歪めたグレブが氷の槍を放ってくる、塔型大盾を出して防いだ直後に塔型大盾を足場にして跳躍する。
剣を手にしながら斬り掛かるとグレブも手にした剣で受ける、見れば斬り落とした左腕や腹からの出血は止まっていた。
…おそらくはこいつの剣の力だろう、妖しく輝く水晶からはフルドの兜と似た力と雰囲気を感じる。
「ありえないありえないありえない!出涸らしがこんな強い筈が!俺が追い詰められるなんて!?」
「お前がどう思おうが勝手だけどな、これが現実だ」
剣を絡めて弾き、塞がりかけている腹の傷に膝を打ち込む、くの字になったグレブの髪を掴んで顔面に拳を思い切り叩き込む。
ブチブチと音を立てて髪が千切れてグレブはふき飛ぶ、地面に倒れた奴の顔は鼻が潰れて血が滝の様に流れ出ていた。
「お前は俺に殺される、それが現実だ」
「ひ、ひいっ!?こ…来い!!」
殺気を出しながら告げるとグレブは剣を掲げる、すると地面が揺れてグレブの横から巨大な何かが地中から現れた。
それは芋虫がそのまま巨大化した様な魔物だった、顔に当たる部分は馬を丸飲みできそうな円形の大きな口に鋭い牙が櫛のように生えており幾つもある眼が俺を捉えていた。
「そいつを殺れ!食い殺せ!」
そう命令しながらグレブは背を向けて逃げ出す、おそらく俺を殺す事は出来なくとも足止めにはなると判断してこれをけしかけたのだろう。
「…軍装展開」
剣を掲げて奇怪な鳴き声を放ちながらこちらに迫る魔物に向き合う、そして力を解き放つ言葉を口にした。
「“黒纏う聖軍”」
鎧を纏うと同時にガルマを呼び出して駆ける、魔物が巨体を地中から飛び出して迫る直前にガルマから跳躍すると同時に巨大剣を手にした。
魔物と空中ですれ違う寸前に巨大剣を振るう、魔物は巨大剣の刃に真っ正面から突っ込んでいった。
頭から勢い良く刃は入っていき、その巨体を縦に斬り裂いていく、体液を撒き散らしながら空中で真っ二つになった魔物が地面に落ちると同時にその下を潜り抜けていたガルマに騎乗する。
蹄の音に気付いたグレブが振り向いて驚愕に顔を染める、追いついた瞬間に半月斧を振り抜いて奴の右腕を肩から斬り落とした。
「ぐぎゃあああああああああっ!!!?」
両腕を失ってバランスを崩したグレブは地面に倒れる、ガルマに乗ったまま近付くと仰向けの状態で恐怖に顔をひきつらせた。
「ま、待て!待ってくれ!俺…私の話を聞いてくれ!」
「…」
「確かに私はバドルを殺そうとした!だがそれはこの国を思えばこその事なんだ!」
「…」
「バドルが優秀な男というのは間違いない!だがそのせいでどれだけの者が正当な評価をされなかったと思う!?君もバドルと比較され続けて正当に評価されなかっただろう!?」
「…」
「…このままではこの国はたった一人に頼りきった歪な国になる!そうなれば真っ先に歪みの代償を払うのは罪もない民達だ!」
「…」
「そ、そうだ!力を貸してくれたなら君を新たな王にしよう!同じ苦しみを知る私達なら手を取り合える!共に歪みない国を作ろ…」
「黙れ」
殺気を放出してグレブを黙らせる、奴の足下まで近付いて見下ろした。
「確かに比較される辛さは良く知ってる、だけどな…だからといってお前等と同じにするな」
「な…あ…」
「兄貴がなんの努力もしないで強くなったと思ったのか?あの高みに至るまでなんの痛みも辛さも経験してないと思ってんのか?」
「あ…あ…」
「何も知ろうとしないでただ兄貴が手にしたものを羨ましがって、自分は悪くないって正当化してこんな事をしでかすようなお前の言葉には…」
手綱を引くとガルマは前脚を振り上げる、ガルマの影が恐怖にひきつるグレブを覆った。
「重さなんてねえ、耳障りなだけだ」
ガルマの脚が勢い良く振り下ろされた…。