84:月は星と共に
正門の前には既に馬車が用意されていた、用意していた騎士の一人が頭を下げてきた。
「必要な物資は積み終わっています、後は馬を繋げるだけです」
「ありがとう、助かる」
騎士達に離れてもらう様に伝えるとガルマを喚び出す、ガルマと馬車を繋ぐと準備を終えたアリアとセレナが来た。
「…二人共、本当についてくる気か?」
俺がそう聞くとアリアは何を今更とでも言う様な顔をしてきた。
「じゃあこう言おうかしら、情が湧いたんだから仕方ないじゃない」
「それは…」
「今更離れてなんかあげないわよ、まあ私はベルクについてくのに後悔なんてしないけどね」
「私もです、どんな未来があろうと貴方についていきますから」
「…ありがとな」
二人の覚悟を聞いた俺は御者台に乗り込むとガルマの手綱を取る、アリアとセレナが馬車に乗り込むのを確認するとガルマに向き直る。
「ガルマ、無茶をさせるが付き合ってくれるか?」
俺の問いかけにガルマは鼻を鳴らすと早くしろとでも言う様に地面を脚で掻く、それに思わず笑みを浮かべながら籠手を展開すると籠手から闇が湧き出る。
闇は焔の様に手綱を伝ってガルマの全身を巡ると嘶きを上げて駆け出す、ロウドとの戦いで得た自身の内から湧き出る闇には力を増強させる事ができる様で少しだけ制御が可能になった。
闇を纏ったガルマは教国に来た時を遥かに超える速さで駆ける、土煙を上げながら馬車を牽いてるとは思えないほどの速さで街道を駆けていった…。
―――――
「行ったようですね」
ルミナスは土煙を上げて遠くなっていくベルクを見送りながら呟く。
「大したもんだねぇ、兄を助ける為に自分が手にしてきたものをあっさり捨てちまおうとするだなんて…」
「…ですが、少し心配になりますね」
ルミナスは既に見えなくなったベルクの背を見ながら呟いた。
「自分が大切にしている誰かの為ならば自分が築いてきた地位も積み上げたものを躊躇う事なく捨ててしまう…彼はあまりにも自分への執着がなさすぎます」
ベルクは決して全てを助けようとする様なお人好しではない、だがアリアの様に心を許した相手を助ける為ならば立場を捨てる事を厭わない。
その在り方はまさしく物語の勇者や英雄とでも言うべきものだ、だがその在り方はひとつの危うさを孕んでいるものでもある。
「大切にしている人達が助かるならば自分はどうなろうと構わない…ベルク殿は必要とあらば自分の命すら犠牲にしてしまいそうな危うさを感じます」
「…献身の境地、教えとしちゃ美徳だが十七の子が至って良いものかと言われれば首を縦には触れないね」
メルティナはそう言いながらもルミナスの様な不安を浮かべていない、それを疑問に思ったルミナスにメルティナは笑みを浮かべて答えた。
「だけど心配する事はないさ、あの子はそんな命の使い方は出来ないよ」
「…なぜ断言できるのですか?」
「一人だったならそうなるかも知れないね、だけどあの子は一人じゃない」
メルティナは微笑む、まるで子供の成長を喜ぶ母親の様な笑みを浮かべて…。
「アンタのところの皇女様にセレナ、あの二人は月に導かれるだけで終わるタマじゃないさ…ベルクが命を使い潰そうとしてもあの二人がそんな事させないだろうさ、もしかしたらあの二人以外にもね」
「…確かにアルセリア様達がそんな事を許すとは思えませんね」
「ベルクが月ならあの子達は星かね、月と共に輝く数多の星…だから心配しなくていい、星がある限り月は独りぼっちになんかなれないさ」
メルティナにつられてルミナスも思わず微笑む、生じていた不安はいつの間にかなくなっていた…。