81:謝罪
「…セルク様」
未だに恐怖から体を震わせているラティナが俺を呼ぶ、顎で示して無言で続きを促した。
「私が貴方様に助力を乞いに来た事は事実です…ですがその前に伝えなければならない事があります」
そう言うと床に頭を擦りつける様に平伏した、自分の罪を悔いる様に。
「ごめんなさい…」
震える声で、しかしはっきりとした声で謝罪を口にした。
「仕える身でありながらバドル様と比較して傷つけた事、世話役を任されながらセルク様を見ようとしなかった事…私の浅慮な行いが許されるとは思っていません、望まれるのであればこの命を差し出します、どんな償いもいたします」
床に染みが広がる、ラティナの眼から溢れ出る涙が床へと落ちて染みていった。
「だからお願いします…私達を、王国を救ってくださいなどと言いません…どうかバドル様を助けてください!お二人の仲を裂いた私達にそんな資格がないのだとしても…セルク様を頼る以外にバドル様を助けられる方法が見つからないのです!」
「俺はもう帝国の称号騎士だ、皇帝陛下の勅令でもなければなんの対価も報酬もなしに動ける身分じゃない」
「…それは、こちらでは駄目でしょうか?」
ハリスはそう言って書状を取り出す、内容を確認するとそれは帝国への救援要請と救援に対する報酬の一覧だった。
「申し訳ありません、本来は一番にお見せするべきものでした」
「…これが渡されるという確証は?」
「それはバドル様が王達と共に決めて伝書魔術でしたためたものと同じ内容のものです、必ずや支払われるでしょう」
「…兄貴は本当に慕われてるな」
部屋に沈黙が流れる、そして俺は手にした大鎌を持ち上げて振り下ろした。
ラティナのすぐ横を大鎌の刃が掠める、刃は甲高い音を立てて突き立つと煙の様に消え失せた。
「…俺は、兄貴を慕うその気持ちをほんの少しでも分けて欲しかったよ」
僅かに零れ出たかつて抱いていた想いを呟いて部屋を出るとアリアも続いて部屋を後にした。
「あ、あぁ…うああ…」
ラティナはその場で崩れ落ちて嗚咽を漏らす、それが過去の自分の行いを悔いるものなのか自分を責めるものなのかは分からなかった…。
―――――
「優しいね、ベルクは」
廊下を歩いていると隣を歩くアリアがそう言って話し掛けてくる。
「最初から助けに行く気だったのに怒ってみせたのはあの人達の為でしょ?」
「…アイツ等が自分達や国を救えと言ってきたら見殺しにした」
俺の答えにアリアは仕方ない人とでも言う様な笑みを浮かべた。
「安請け合いすれば帝国の威信に関わる、それに聞いた状況から無断で来たとすればあの騎士達は敵前逃亡と見なされて処罰されてもおかしくはない…だけどこっちが救援要請の使者として扱えば話は変わる、違う?」
「…筋を通しただけだ、それにお互いけじめはつけておくべきだろう」
今更自分に非はなかったと言う気はない、俺が周囲の期待に応えられなかったのも兄貴以外に分かってもらおうとする事を諦めていたのも事実だ。
だから少しだけ抱いていた恨み言を言うだけに留めた、命を差し出されたところで面倒が増えるだけだし嬉しくもない。
「猶予はなさそうだ、急ごう」
書状を手にルミナスの部屋へと向かう、自然と歩く速度が上がっていた。
「俺が行くまでに死ぬなよ、兄貴…」