78:太陽と月
「目が眩む…ですか?」
ルミナスが思わず呟くとメルティナは頷いて話し始めた。
「実を言うとあの子の兄…バドルとは顔を合わせていてね、何度か話し合った事もあるのさ」
メルティナはその時の事を思い出しながら続きを話す、バドルに抱いた印象を。
「傑物としか言い様がなかったよ、あれだけの才能と能力がありながら歪みのない人格者だ。
私が言うのもなんだけど神の祝福を与えられたと言われたら信じられる男だったよ」
「…私も直接話した事はないですが我が主君との交渉の場に立ち会った事があります、立ち振舞いも交渉能力も見事なものだったと覚えています」
「だからこそ、というべきだろうね」
メルティナはそう言って区切るとベルクが残した資料を手に取る。
「バドル=グラントスは例えるなら太陽だろうね…あまりにも強くて明るい光は他の星の輝きを塗り潰しちまう、光の後ろで影にならざるを得なかった者がどれだけいるだろうねぇ」
「それは…」
「誰もが認める存在…いや、認めざるを得ない存在だとしても人ってのは早々認められないものなんだよ、自分より誰かが優れているだなんてね」
上流階級なら尚更ね、とどことなく皮肉な言い回しを付け加えたメルティナの口調には実感が篭っていた。
「だけど本人は貶めようがない、そんな時に学園なんて狭い社会で目を付けられたのがあの子なんだろうさ」
資料を捲りながらメルティナは語る、ベルクが用意した資料は簡潔ながらも要点をまとめられた報告書としては読みやすいものだった。
「あの子の事は私もおおよその事は聞いてるし実際に会ってみて思ったよ、あの子はバドルとは別方向の天才だ。
…だけど平時に輝くものじゃあないだろ?戦の才能なんてね」
「戦の才能…」
「命が左右される場でこそ輝く才能…守られた学園なんかじゃ磨かれないだろうさ、バドルって天才を見た後じゃ凡才としか見えなかっただろうね」
ルミナスは想像する、もし自分がバドルという圧倒的な存在を間近で見た上でその弟を比べずに見る事が出来るだろうか…。
「バドルの存在で影になっちまったのがいたんなら…その鬱憤やらを向けるには丁度良い存在だったろうさ」
「…彼を貶める事でバドル=グラントスの存在を落とそうと画策したという事ですか」
「人は決して善良なだけじゃない、自分より劣る存在がいるって事に安心を覚えるものさ…そういうのが重なった事で国を出るまで追い込んで結果としてその才能が磨かれる事になった…皮肉な事だね」
「…そのお陰でベルク殿が帝国に来る事になったのは複雑ではありますがありがたく思いますね」
ルミナスの呟きにメルティナはふっと微笑む、そして沈みかける夕日を見ながら話した。
「ベルクは例えるなら月かも知れないね、太陽から離れた事で数多の星が煌めく中で一際大きく存在を示す…太陽の様に多くを照らさずともその下に集う者を導く者」
「月…ですか」
「太陽と月、どちらも空には欠かせないものさね…今やどちらの国にも欠かせない存在となってる二人にはピッタリだろう」
そう言って暮れゆく空を見上げながら呟いた。
「まだこれからかも知れないよ、影が差してきた世で月が輝くのはね」
日が沈みかけたハインルベリエに向かう複数の影、それは今にも倒れてしまいそうな弱々しい足取りだった。
「もう少しだ、頑張れ」
一人が全員に呼び掛ける、旅装に身を包んだ一人が顔を上げて防壁を目にしながら呟いた。
「セルク様…」