77:受け売り
帝国の救援で来た半分は工兵と呼ばれる拠点作り等で活躍する部隊だった、事前に伝えていた生き残った人達の人数等から帝国領内に連れていくよりはハインルベリエの復旧の方が良いという判断だろう。
一団の指揮を取っているのは白銀の鎧を纏う“清廉騎士”ルミナスと…。
「マザー!」
「大変だったね、セレナ」
マザー=メルティナを筆頭とした正教の人達も同伴していた。
「ごめんなさい、任されたのに結局この様な事態に…」
「謝らなきゃならんのは私達の方さ、本来大人の私達がなんとかしなくちゃならないのをセレナ一人に押し付けた…悪いのは教皇達と不甲斐ない私達だよ」
俯くセレナの頭をメルティナは優しく撫でる、言葉の端々には罪悪感が滲んでいた。
(話には聞いていたがこういう人もいるのか…)
正教の腐敗したところばかりを見ていたがちゃんとした大人がいるという事に少しだけ安堵を覚えているとルミナスが話し掛けてきた。
「お疲れ様ですベルク殿、ひとまず現状を教えて頂いて良いでしょうか?」
ルミナスの言葉に頷きながら五人で大聖堂の一室に向かった。
―――――
「これが今のハインルベリエの状況です」
ルミナス達が来るまでに起きた事を簡潔に説明する、当然というべきか何もなかった訳ではない。
教国の元上層部の一人が暴走して女性を強姦しようとした、幸い未遂で済んだがそいつはこれまでの所業を公開した上で投石刑…磔にして民達に石を投げさせる刑に処した。
民達の怒りは予想以上でそいつは執行から三時間程で当たりどころが悪く息絶えたがその末路を見た元上層部の者達は半分は真っ当に働く様になり残り半分は着の身着のまま逃げ出した。
居住区の死者の埋葬や奇跡的に生存していた者達の救助などを行わせたり等を行いながらなんとか自分達で動ける態勢になってきたところだった。
「…ベルク殿は被災した地の復興や兵の指揮を取った事があるのですか?」
「…?ないですが」
「…そうですか、まるで経験があるかの様な采配ですのでつい」
「兄からの受け売りでしてね、過去の似たようなケースを学んでおいたのが功を奏しました」
これに関しては昔兄貴と話していた事が役に立った、非常時に置いてなにより優勢するのは安全と衣食住の確保、そして意識の共有だと教えてもらった。
過去の事例と一緒に話してくれた事がこんな形で役に立つとは思っていなかったが…。
「そうでしたか…話の腰を折ってしまい申し訳ありません、それでですが…」
その後はルミナスに引き継ぎを終えると休んで構わないと言われたのでお言葉に甘える事にした。
―――――
「どうしたんだい?」
ベルク達が部屋を後にしてから思案に暮れていたルミナスにメルティナが問いかけた。
「いえ…王国で彼の評価が低かった理由が尚更分からなくなってしまいまして」
「あのベルクって子かい?」
「ええ、はっきり言ってこの采配や裁定は一軍を預かる私から見ても見事なものです」
手元の資料には教皇達と上層部から没収した私財や救援が来るまでに起きた事柄とその対処などがまとめられていた。
没収した私財は全て帝国預かりにして今回の救援の費用に当ててほしいとあり、正確な額は分からないがこれなら帝国の財政にそこまで負荷は掛からないだろう。
「上層部の者達の処遇に関してもです、一度だけ機会を与えてますが最終的な判決はこちらで決めれる様にしてあります」
そしてベルクが行った処刑だがこれも悪い判断ではない、通常ならともかく非常時で甘い判断を下せば治安の低下はより顕著に現れる。
民達も処刑に加わる事で仲間意識を持たせる事と非常時に晒されている状況でのガス抜きとなるだろう、再犯を防ぐ手段としては有りと言えた。
「恒常的な領主としてはともかく指揮官…一時的な代行としての能力は十二分にあります、兄からの受け売りと言っていましたがそれを実行するのがどれだけ難しいか…」
しかもベルクはまだ二十にも満たない上に今回が初めてだと言うのだ、アリア達がサポートしたらしいがそれでも見事と言える。
「個の強さだけなら大抵の者は持てますが、状況に応じた指揮能力や判断力に加えて実行に移すのは素質や経験が物を言います。
ベルク殿は間違いなく将の器を持っています」
もし彼が野心を持ってたらと想像したらゾッとする、乱世に生まれれば間違いなく歴史に名を残すであろう戦の才能を彼は持っている。
ヴィクトリアがベルクを称号を与えてまで引き込もうとするのも納得のいく話だった。
「だからこそ分からないのです、仮にレアドロップを持ってなくともしばらく戦がなかったのだとしてもこれだけの逸材が評価されない理由が…」
ルミナスは思わず首を傾げる、これだけの存在を自ら捨てる様な真似がどうして出来るのか…。
メルティナはルミナスの話は聞くとそういう事かと頷きながら答えた。
「…きっと、王国は目が眩んじまったからだろうねぇ」
メルティナは遠い目をしながらそう答えた…。