75:それは巌の如く(王国side)
油断なんてなかった。
共に行動してるのは何度も魔物討伐をしてきた熟練の騎士達だった。
近くの村の住民から情報収集や地形の把握だって怠る事はしなかった。
なのに…。
「逃げろ、ラクル…」
胸を血濡れた腕で貫かれた騎士が事切れる寸前にそう言い残す、腕が引き抜かれて倒れた先には三体の魔物が立っていた。
見た事がない魔物だった、姿も能力も全く違うのにまるで人間の様に連携を取って俺達を襲撃してきた。
「くっ…はああああ!」
剣に魔力を込めて斬り掛かる、だが魔物は甲殻を纏った腕で容易く受け止めると棘の付いた拳で殴りつけてきた。
即座に剣を動かして鍔で受けるが凄まじい威力を伴った拳は受け止めた剣ごと体をふき飛ばす。
ふき飛ばされた体は木にぶつかる事で止まる、背中の衝撃に肺の中の空気は一瞬だけ全て吐き出されて呼吸が乱れる。
手にした剣は鍔から砕かれていて役割を果たせそうにないので震える手で予備の剣を抜いて立ち上がろうとしたが…。
「かふっ!?」
立ち上がろうとしたところを鞭の様な腕をした魔物が脇腹を打つ、地面を転がりながら倒れると黒い体毛で覆われた魔物に掴まれて持ち上げられる。
「くっ…そぉ!!」
魔物の首に向けて剣を振るう、だが刃は体毛に阻まれて薄皮すら避けなかった。
「そん…な」
いくら腕の力でしか振るえなかったといえど斬れないなど信じられなかった、数打ちとはいえ騎士団で使われるだけあって相応の切れ味のある筈なのだ。
「けふっ!?」
魔物の拳が腹を抉る、再び木に叩きつけられた痛みで意識が飛び掛けた。
魔物達の姿が目に映る、どれもまるで姿が違うが胸に輝く水晶の様なものだけは一致していた。
「コイツ、ガンジョウダ」
「ワカクテ、ツヨイコタイダ」
「ソザイ二、イイ」
魔物達が会話をしながら近づいてくる、そして痛みが動く事ができない俺に手を伸ばして…。
巨大な刃が手を伸ばしてきた魔物を斬り裂いた。
「!?」
刃は即座に翻って傍にいた魔物を腰から両断する、黒い体毛に覆われた魔物は太い腕を刃の持ち主に振り下ろすと岩がぶつかった様な轟音が響くが次の瞬間には刃は魔物を斬り裂いた。
刃の正体は刀と呼ばれる形状の東の島国に伝わる剣だった、だがその大きく分厚い刀身は自分が見聞きしたものとは比べものにならない威容を誇っていた。
斬馬刀…かつて馬ごと鎧を着た相手を断つ巨大な刀があると聞いた事があったが目の前の刀はまさにそれだった。
斬馬刀を持つのは岩石から削り出したかの様な全身鎧を纏った戦士だった、鎧を纏った長身と鬼を模した兜が山を前にしたかの如き圧を醸し出している。
爛々と輝く兜の眼がこちらへと向けられる、さっきまで自分を追い詰めていた魔物達など比較するのも馬鹿らしいほどの力と存在感が放たれていた。
「…無事、という訳ではなさそうだが命はあるみたいだな少年」
鎧が砂の様に消えていくとそこには長身の男が立っていた、白髪の混じった頭と皺の刻まれた顔は戦いに身を置いてきた戦士の相を浮かべていた。
「ひとまずは傷の手当てからだな、少年」
この出会いが俺、ラクル=ヴァリアントの運命を変えるものだった…。
次回投稿は11/1からになります、お楽しみに。




