74:影はより蠢く(???side)
とある一室、様々な器具や魔石が並ぶ部屋で一人の男が黙々と作業していると遠くから靴音が響いてきた。
部屋のドアが荒々しく開けられる、男は振り返ってにこりと笑みを浮かべた。
「これはこれはバグラス殿、首尾は…」
男の眉間に寸前まで槍が突きつけられる、男は両手を上げておどける様に声を掛けた。
「暴力的ですねぇ、どうされましたか?」
「何故ロウドを寄越した?お陰であの国の最期を見逃す事になった」
「そうですねぇ…やむを得ない判断と言いますか、必要な措置だと言っておきましょうか」
「貴様…」
「黒い剣」
槍に力を込めたバグラスがその言葉を聞いて動きを止める、男は笑うのを止めて続けた。
「その様子だとお会いした様ですな」
「…奴は何者だ」
「黒嵐騎士ベルク、本来の名はセルク=グラントスという男ですね」
「グラントス…あの怪物の縁者か?」
「弟だそうです、家出した凡庸と聞いていたのですが…人の評価は当てになりませんね」
男はやれやれとでも言うように嘆息するがその態度の裏にはどことなく警戒する様な雰囲気を漂わせた。
「その男と獅子の妹、レアドロップを手に入れた様でしてね…妹はまだしも男の方は現時点で獅子に匹敵する脅威と判断したからこそ彼を向かわせたのですよ」
「ふん、奴がまともに言われた事をするとは思えんがな」
バグラスは槍を下げるとゼノスタンドを男に投げ渡す、男は先程と打って変わって喜色の笑みを浮かべた。
「おお、おお、手に入れられたましたか」
「約束は果たしたぞ」
「ええ、ええ、これで計画が進められます…おや」
男が部屋の入り口を見るとロウドが姿を現す、ロウドは部屋の椅子にどかりと座ると頬に触れながら笑みを浮かべた。
「お戻りですか、頼んでいたものはどうしましたかな?」
「忘れた、面白い事があったのでな」
悪びれる様子もないロウドにバグラスが苛立つのを男は手で制する。
「…もしやベルクという男ですかな?」
「そうだ、まだ粗いが俺に届くであろう輝きとレアドロップを持っていた…この腑抜けた大陸であれほどの者に会えるとはな」
「それほどの者ですか…」
ロウドの評価を聞いた男は思案する、そしてロウドに再び話し掛けた。
「ロウド殿、グルシオ大陸に向かってもらえませんかな?」
「ほう、何故だ?」
「最終段階の準備…とでも言いましょうか」
男の言葉にロウドがぴくりと反応する。
「私達はまだやる事がありますがロウド殿の暇を潰せるほどの事ではないですからな、であるならば先に場の準備をして頂こうと」
「俺にその準備をしろと?」
「いえ、貴方は魔物達と戦ってくれれば結構…準備や細々としたものはこちらにやらせます」
男が指を鳴らすと影から黒いローブを纏った女が現れる、女はすぐさま跪いた。
「お呼びでしょうか、フィフス様」
「ロウド殿とグルシオ大陸に行け、ロウド殿の邪魔をしない様に準備をするのだ」
「仰せのままに」
女はそう言うと再び姿を消す、それを確認すると男…フィフスはロウドに向き直った。
「この大陸に貴方の暇を潰せるほどのものはありません、ですが魔大陸の魔物ならば多少は暇潰しになりましょう」
「ふん、良いだろう」
「ありがとうございます、では“天へ挑んだ塔”…貴方が最後に攻略したダンジョンへと向かってくださいませ」
ロウドは立ち上がると悠然と部屋を後にする、それを見送ったフィフスは息を吐いて踵を返した。
「さて、私達も準備をしましょうか」
「今度は何をする気だ?」
「そうですな、ベルクという男…どうやら中々厄介な存在らしいですからな、始末しておくに越した事はないでしょう」
「…だが奴は強いぞ、全力の俺に生身で渡り合う様な奴をどうするつもりだ」
「実はもうすぐベルガでの実験が実を結ぶのでねえ…」
フィフスは先程まで作業していた物を手に取る、それは黒曜石で作ったかの様な鏡だった。
「彼が来た暁にはベルガ王国と共に闇に沈んでもらいましょう」
影は着実に蝕んでいく…。