69:本性
光が収まったハインルベリエの居住区は瓦礫の山と化していた。
自身の上に乗った瓦礫をどかしながら立ち上がる、目の前には見る影もないほど変わり果てた街の光景が広がっていた。
…どれだけの命が失くなったのだろう、どれだけの明日が消え去ったのだろう、目の前にあるのはただ破滅を迎えた瓦礫の海だけだった。
鎧の動く音が響く、ロウドが瓦礫の上を悠然と歩きながら現れた。
「理解したか?お前が掲げたものなど偽りなき本性と力の前では無意味だ」
ロウドの言葉と目の前の光景に立ち尽くす、憧れだった存在に俺が抱えようとしたもの全てを否定された事にもはや冷静ではいられなかった。
…これが力を得てやる事なのか、死なずとも済んだ筈の命を思う事が弱さなのか?
こんな理不尽を強いるのが強さだとでも言うのか…。
「…っ」
ロウドへ向き直ると剣を地面に突き立てる、そして拳を構えた。
「…素手ならば俺に勝てると?ふん…面白い」
ロウドは剣を地面に落とす、そしてお互いの間に沈黙が訪れた。
互いに駆け出して拳をぶつけ合わせる、荒れ狂う心が形になったかの様な闇を纏った拳を振り抜いてロウドをふき飛ばした。
「むぅ!?」
地面を削りながら体勢を直したロウドが再び迫ってくる、突き出してきた右腕を掴み取って力任せに地面に叩きつけると馬乗りになって拳を振り下ろした。
「おおおおおおおおおっ!!!」
力の限り握り締めた拳を叩きつける、兜を殴る音を響かせながら何度も殴りつけた。
「ハハハ!それがお前の本性か!良いぞもっとだ!もっと己の本性を晒け出せ!それでこそ…俺の敵として相応しい!!」
「ごちゃごちゃ…うるっせえ!!!」
殴られながらも笑うロウドに感情が更に荒れ狂う、黒い焔の様な闇を纏った腕でロウドを掴み上げて瓦礫の山へと投げ飛ばした。
瓦礫を巻き上げながら投げたロウドに向かって闇の尾を引きながら駆ける、土煙を突き破って姿を現したロウドに拳を打ち込む。
ロウドは殴られながらも俺の顔を殴り返す、俺も歯を食い縛って耐えると再び殴る、そのまま互いの顔を腕を交差させて殴り合うと互いにふき飛んだ。
体勢を直したところを数発殴られる、踏ん張って顔に打ち込まれたロウドの腕を叩き落として頭突きを喰らわせて仰け反ったところを蹴り飛ばす。
地面を抉りながらロウドは踏ん張って交互に拳を打ち込んでくる、打ち込まれた拳は体の芯にまで衝撃を与えてくるが最後に顔を狙った腕を掴み取って膝で蹴り上げる。
空いた胴へとタックルして瓦礫へと叩きつける、その直後に背中に肘を打ち込まれて足が止まるが歯を食い縛りながら踏ん張ってロウドを持ち上げると宙に放り投げて腹に蹴りを叩き込む。
「おおおおおおおおおっ!!」
感情に呼応するかの様に闇を纏うと力が湧いてくる、殴られた痛みも衝撃も目の前の敵を倒すという意思が塗り潰して倒す為の力へと変わる。
蹴り飛ばしたロウドに跳躍して追いつくとその顔に全力の拳を叩きつける、たたらを踏んで立ち止まったロウドの面頬から赤い雫が流れ出た。
「久しく忘れていたぞ…この痛み、血の味…そうだ、俺の血の味はこんなだったな」
流れ出た血を確かめる様に指で掬うロウドに肩で息をしながら近づく、右腕が燃えてると見間違える様な闇を纏って拳を握り締めると全力を乗せて殴りつけた。
衝撃音が轟き土煙が辺りを舞う、土煙が収まると目の前にあるのは抉れた地面だけだった。
「楽しみが増えたぞ…ベルク、その力をより引き出し磨いておけ、今回はここまでにしておくが貴様がより強くなったその時は…全力で殺しにいってやろう」
ロウドの声だけが周囲に響き渡る、ロウドの気配がなくなった事で鎧を解除すると雨が降り始めた。
雨に打たれながら空を見上げる、胸中に渦巻く感情は未だ治まりがつかなかった。
「ハァ…ハァ…くそ…」
…否定されて、手加減されて、見逃された。
その事実が今の空の様に心に覆い被さっていた…。