61:孵化
「貴様等、何をしている!?」
ガナードが叫ぶも暴れ出した騎士達は止まらない、突然の事に正気の騎士達も混乱から抜け出せないまま凶刃に倒れていった。
「ちっ!」
暴れていた一人を戦槌で殴り飛ばす、すぐ後ろから斬り掛かってきた騎士の顎に拳を叩き込んだが…。
「っ!?」
顎を殴られた騎士は正気を失った眼で俺を睨むと剣を振り下ろしてくる、即座に盾で受けてタックルで突き飛ばした。
(確実に昏倒させた手応えがあった、なのに…)
見れば暴れてる騎士達は全員が正気を失っている、反撃を受けても武器を振り回すその姿は何かに取り憑かれたとしか思えなかった。
奇声を上げて迫る騎士の頭を槌矛で殴りつける、兜がひしゃげながら倒れた騎士の首下から正教のシンボルである十字架の首飾りが目の前に転がってきた。
「これは…」
十字架を手に取ってある部分が目についた、それを見た瞬間にひとつの可能性に思い至り、この状況が起こった理由が理解できた。
「クソが!」
十字架の中央には元は何かが嵌め込まれていたのだろう小さな窪みがあった、だが今は嵌め込まれていたものの残骸が僅かに付着しているだけだった
「付与なんかされていない訳だ!」
ルスクディーテが気にした時は魔石の類だと思っていた、だからこそ一目見た時は付与や術式が刻まれていない事から警戒するものではないと思っていた。
だが違った、十字架に嵌め込まれていたのは魔石などという生易しいものではない。
「こいつは魔石に擬態した魔物の卵か!」
魔物は基本的に決まった姿と状態で出現する。
だが一部の魔物は卵や赤子の状態から成長して成体になる種がいる、生み出された卵や子供は別個の存在であり例え親が倒されても死ぬ事はない。
そういった魔物の中には成体になるまで別の生物や魔物に寄生して操る能力を持つものが存在するのだ。
おそらく騎士達は孵化した魔物によって操られている、普通であれば意識を失うダメージを受けても動けるのは魔物によって無理矢理動かされているからだ。
(だとしてもこんな組織だった動きは出来ない筈だ!この魔物を操って統率している奴がいる!)
脳裏に浮かぶのはヴィクトリアを襲撃した奴等の事だ、魔物をこんな風に利用するなど他に出来る者はいない。
奴等と関わった誰かがこれを起こしたとするならそいつは一体…。
うわぁぁぁぁ…。
きゃあぁぁぁ…。
いやぁぁぁぁ…。
街中から悲鳴や争う声が聞こえてくる、どうやら操られて暴れているのは此処だけではなくハインルベリエ全体にいる様だ。
「…仕方ない!」
目の前で暴れる騎士達を間を縫う様に駆け抜け、すれ違い様に膝や足首を槌矛で殴打する。
膝や足首を砕かれた事で立てなくなった騎士達はその場で倒れるも地面を這って迫るが速度は格段に下がった。
「今だ!正気がある奴は集まって態勢を直せ!互いを守りながら建物の中に避難しろ!急げ!!」
「ひ、ひぃ!」
俺の怒号に正気の騎士達は慌てて従うと広場を後にする、ひとまずは操られている騎士達を無力化しなければどうにもならなかった。
「くっ!ぬうんっ!!」
ガナードも盾で襲い掛かってきた騎士を殴り飛ばして応戦していた、そのまま広場にいた騎士達を無力化した直後だった。
「「っ!?」」
高速で何かが広場に降りてきた、巻き上がった土煙から飛び出した影は真っ直ぐとガナードに迫ると盾を弾いて手にした異形の槍でガナードを貫いた。
「ごふっ…」
「…ようやくだ、ガナード」
ガナードを貫いたのは槍と同じく異形の存在だった、全身が様々な色をした甲殻に覆われており、虫の羽根に角や触覚と様々な昆虫の部位があった。
あらゆる昆虫が形作った鎧を纏った怪人、その兜に当たる部分が開いて素顔が露になる。
「オルディ…オ?」
怪人の素顔を見たガナードはそう口にした…。