59:薄っぺらい
「アリア!今すぐ戻って!」
手を引かれながらセレナは叫ぶ、止めようとするが剣士として鍛えてきたアリアとの力の差は歴然だった。
「幾らなんでも一人で正教騎士団を相手にするなんて無茶よ!それに騎士団長は聖具を…」
「大丈夫よ」
アリアは焦燥を浮かべるセレナに対していつも通りの調子で微笑んだ。
「問題ないって言ってたでしょ?」
「え?」
「ベルクが言うなら誰が相手だろうと本当に問題ないのよ、だから私達は私達にやれる事をやらなきゃ」
―――――
騎士団長が悠然と歩を進めてくる、そしてあと十歩程の距離で止まると聖剣を俺に向けて構えた。
「私は正教騎士団団長ガナード=エクセス、貴殿の名を問おう」
「…黒嵐騎士ベルク」
黒剣をガナードに向けて構えてから名乗る、そして互いにいつでも動ける状態のまま向かい合った。
「…なあ、この剣とグラントって名前に覚えはないか?」
俺の問いにガナードは眉をピクリとだけ動かす、だがそれだけで気配が揺るぐ事はなかった。
「貴殿が何者であろうと構わん、私は主の敵を討つだけだ」
「…そうか」
その言葉を皮切りに踏み込んで斬り掛かる、ガナードは瞬時に盾で防いで聖剣を振り下ろしてきた。
左手に小剣を展開して聖剣を受ける、直後に盾による体当たりを行ってきた。
自ら後ろに跳んでかわすと同時に手斧を投擲する、盾をずらして弾かれるがすぐに半月斧に持ち変えて全力で振り抜いた。
金属鎧ごと叩き斬る威力を伴った半月斧の刃をガナードは盾で難なく受け止める、そして手にした聖剣が強く輝き始めた。
「“耐え忍ぶ先に光あれ”」
光を纏った聖剣が振るわれる、すぐさま身を捻って直線上から転がる様に外れると真横を光の刃が通り過ぎていった。
「それが聖装ゼノスタンドか」
「そうだ、あらゆる攻撃を受け止め全てを斬り裂く一対の聖なる武具…貴殿が如何に多くの武具を振るおうと私に届く事はない」
再び距離が出来た状態で睨み合う形になる、他の騎士達は割り込む事もアリア達を追う事も出来ず固唾を飲んで立ち尽くしていた。
…確かに強い、あの盾は攻撃の威力関係なく防ぐ事が出来る上に聖剣による光の刃はカオスクルセイダーすら突破するであろう威力を有している。
だが恐ろしくはない。
「ひとつだけ聞かせてくれ、教国がどんな状況でどう呼ばれているかなんて分かっているだろう?
なのにどうしてそのままにしているんだ」
「…それが私の生き方だからだ」
ガナードは構えたまま答える、その眼には感情というものは一切映らなかった。
「私はただこの聖具を使って守る為だけに生かされた、それ以外の私に価値はなく他の生き方も必要ない。
その結末が滅びであろうと全ては神の意思、私はそれに従うだけだ」
…その言葉で少しだけガナードの事が理解できた。
この男は欠落しているのだ、人が本来持つ感情や思いの幾つかが欠落しているからこの男は上がどれだけ腐ろうと守り続ける。
欠けていたのか欠けさせられたのか分からないが例えそうだとしても…。
「薄っぺらいな」
「…何?」
「結局は何も考えずに言われた事だけやります後は知りませんって事だろ、そんなのゴーレムにだって出来る事だろうが。
薄っぺらいんだよお前は」
魔力を全身に巡らせて更に肉体を強化する、更に励起させた魔力を“風の加護”の維持に回して斧槍を握った。
「見せてやるよ、報われなくとも全力で…己の意思で生きてきた者達が遺した力を」
斧槍を構えて颶風となって駆け出した…。