53:聖女
「流石というべきか…隙はなさそうだな」
大聖堂周辺の防壁近くを歩いてみたが凹凸のない防壁は登るという手段を阻み、中へ入る為の出入口も騎士達によって守られている。
カオスクルセイダーの力を使えば防壁を飛び越える事も可能だろうが防壁の上には警備用の魔道具が設置されている様で飛び越えようとした瞬間に騎士達に気付かれるだろう。
仮に越えられたとしても聖女がどこにいるかがまだ分かっていない、例え会えたとしても面識のない俺では聖女を連れ出すのは難しいだろう。
「…ひとまず宿に戻るか」
「そうね、身分を明かして交渉するにせよ忍び込むにせよ考えをまとめなきゃ」
宿に戻りながらこれからの事で頭を巡らせていた。
正攻法でいくなら身分を明かして交渉するべきだろうが帝国との過去の因縁がある以上はぐらかされるか時間が掛かる可能性が高い、忍び込むにしても見つかって騒動になればマズい事になるだろう。
そもそも聖女と一度も会った事のない俺だけでは駄目だ、忍び込んで聖女に会うならアリアも一緒に行く必要があるが見つかればどちらにせよ面倒な事になるだろう。
「兄貴だったらもっと上手い手を考えれたんだろうがなぁ…」
「貴様、いい加減にしろ!」
突然響いてきた怒鳴り声に思考を中断してそちらを見ると騎士達の足下に這いつくばる様にして女性が蹲っている、その手の中には見るからに顔色の悪い子供が抱えられていた。
「お願いします、どうか聖女様に…」
「聖女様は多忙なお方だ!治療ならば街の医者や神父に頼めば良いだろう!」
「どの方を訪ねても手に負えないと見放されてしまったのです、聖女様でもなければ治せないと…お願いします!もう聖女様しか頼れないのです!」
「そうなったのはそいつがそうなるだけのなにかをしたからであろう!そのような者の為に聖女様の時間を割けるか!」
怒鳴り声を上げた騎士が剣を引き抜くと切先を親子へと突きつけた。
「医者にも神父にも見放されたというのなら、これ以上苦しまぬ様にしてやろう!」
振り上げられた剣が日の光を浴びて煌めく、振り下ろされる寸前に駆け出して割って入るとすかさず黒剣を抜いて振り下ろされた剣を受け止めた。
「なっ!?」
「…随分と立派な主張だな」
剣を弾くと周囲にいた騎士達が身構える、アリアが親子を連れて一歩下がるのを見届けてから騎士達に向き直った。
「貴様、我等に刃向かうのか!?」
「…“この世にある艱難辛苦は主が与えた試練である、信仰とは試練の前に跪くのではなく抗う事である”」
正教の経典にある一節を騎士達に向けて呟く、騎士達はいぶかしむ者もいたが半分ほどが顔をしかめた。
「試練に抗おうとする者を神に仕える正教騎士が害する、それが正しい事だと胸を張って言えるのか?」
「くっ…」
経典の一節を持ち出された事で騎士達は強い態度に出れなくなった様だ、ただ退くに退けなくなった騎士達と睨み合いが続くと思ったが…。
「もう大丈夫ですよ」
鈴の様な声がその場に響き渡った。
「え?」
俺とアリアが振り返ると親子の傍にフードを被った女がいた。
片手には水晶から削り出した様な杖を手にしており、もう片方の手で子供の頬に触れていた。
「…傷は塞がっていますが体の中に病毒が残ったままになっていますね、それが全身に回ってしまったのでしょう」
頬に触れていた手が淡く光る、透き通った水が子供の体を薄く包んでいくと子供の体から黒い靄の様なものが出て霧散していった。
「もうすぐ目を覚ますでしょう、目を覚ましたら栄養のあるものや体に負担の掛からないものをあげてください」
「あ、ありがとうございます!聖女様!本当にありがとうございます!どのようにお礼をすれば…」
「構いません、礼というならば試練を越えたその子を労ってあげてください」
幾度も頭を下げながら立ち去る親子を見送ると女は俺の前を通って騎士達の前でフードを外した。
フードの下から現れたのは美しい少女の顔だった、透き通る様な白い肌に人形の様に整った顔、肩口で切り揃えた銀髪は月の女神を思わせた。
「せ、聖女様…」
それが聖女セレナを間近で見た瞬間だった…。