52:帝国と王国(ベルガ王国side)
時はベルク達が教国に着いた頃…。
ベルガ王国とミルドレア帝国の国境沿いにある砦の一室ではテーブルを挟んで二国のトップが向かい合っていた。
片方は緋色と深緑の騎士を従えた皇帝ヴィクトリア、もう一方は国王アルバン=ベルガにブレイジア公爵…そしてバドルが同席していた。
「まずはこのような些末な場所に来てもらった事に感謝と謝罪をさせてくれ、ヴィクトリアよ」
「不要だ、むしろこちらが早急に対談の場を用意してくれた事への礼を述べたいくらいだ」
ヴィクトリアがそう言うと手で深緑の騎士に合図するとテーブルの上に魔道具と纏められた紙の束が置かれる。
「それは現段階で判明した事をまとめたものと我を襲撃した者の魔力だ、目を通してもらいたい」
バドル達が紙束を手に取って内容を読み進める、読み進める度に敵の底知れなさは深まるばかりで正体と規模は未だ掴めないという事だけは分かった。
「予想はしていたが既に深いところまで根を張られているな…」
「あぁ、余も奴等の動きを察知した時にはもう手遅れだった…今回の件で大部分は始末できたが根絶やしにできた訳ではない」
「…ヴィクトリアよ、直接相対したお主だからこそ聞くが奴等の目的はなんだと考えている?」
これだけの規模と力を持っていればそれこそ国家転覆すら可能な筈、なのにこのヒューム大陸で最も崩すのが難しいミルドレア帝国…ヴィクトリアを狙ったのは何故なのか。
「…憶測の域を出ないが奴の目的は我が国ではレアドロップを手に入れる事だったのであろうな」
「帝国では?」
「奴…いや奴等の狙いはレアドロップに匹敵する兵器の開発と量産だと考えている」
「量産…だと!?」
「我が宮廷魔術師の受け売りだが新たなものを作るなら必要になるのはふたつ、参考となる物とそれを試す環境だ。
そして参考となる物は多ければ多いほど良いとも言っていた」
「…つまりレアドロップを手に入れようとしているのはサンプルを手に入れる為であり商人を騙って魔道具をバラ蒔いているのは試作した物の試運転の為…という訳ですか」
バドルの言葉に部屋は沈黙が支配する、それはこの場にいる全員がその可能性に思い至ったからだ。
帝国が強国として名高い由縁のひとつはヴィクトリアが圧倒的な強さを持つからだ、絶対的な力は臣民に「この方がいれば大丈夫」という精神的な土台と「この方には勝てない」という心の枷となるからこそ国はまとまる。
だがレアドロップに匹敵する力を手にすれば?絶対を揺るがせるだけの力が多くの手に渡れば様々な思惑でその力は振るわれるだろう。
それによって生まれる火種は帝国に限ったものではなくヒューム大陸全てを巻き込んだ争いの火へと発展する事になるのは明白だった。
「予想はしていたが厄介過ぎるな…」
「それにレアドロップを狙っているとするならば…教国の聖具も対象でしょうね」
「しかし、それが分かったとしても我々には教国に向かわせるだけの時間と戦力はありませぬ…」
教国の首都とも言えるハインルベリエは帝国と王国のどちらとも離れており馬を使っても十日、まとまった人数を送ろうとすれば二週間以上は掛かる。
ましてや今は自国にヴィクトリアを襲撃できる力を持つ者の魔の手が迫っている、とてもではないが教国に向かわせるだけの戦力はないと言って良かった。
「安心しろ…とは言わぬが教国に関してはこちらで手を打ってある」
「え?」
「教国には現状私以外の最高戦力を向かわせた、少なくとも聖具が全て奪われるという事態にはなるまい」
「最高戦力…まさか?」
ヴィクトリアの言葉にバドルは何かに気付いた表情を浮かべる、するとヴィクトリアは普段の鉄面皮を崩して笑みを浮かべた。
「教国には余達が見初めた騎士…ベルクとアルセリアを向かわせている」
―――――
「ここで彼の名を聞くとは思ってませんでしたな」
対談を終えて王都へと戻る馬車の中でブレイジア公爵が話し出す。
「うむ、この様な形で所在を知る事になるとは儂も予想外だった」
「しかし大丈夫なのでしょうか?教国が既に奴等の手に堕ちている可能性は十分にあるかと…」
「だからこそ、なのでしょうね」
皇帝から伝えられた話を頭で整理し終えるとブレイジア公爵が浮かべた疑問に答える事にした。
「セルクもそうですがアルセリア皇女も魔大陸で冒険者として活動していましたからね、下手に兵を連れていくよりも二人だけの方が何かがあったとしても窮地を切り抜けやすいと判断されたのでしょう」
「成る程…」
「理由は他にも色々ありますが…私が驚いたのは皇帝陛下は私達が思うよりもセルクを評価している事ですね」
その言葉に陛下と公爵がこちらに顔を向ける、視線でどういう事かと問いかけてくるのに頷きながら説明を始めた。
「余達が見初めた…普通ならあそこは妹が認めた、もしくは余が認めた騎士と言うべきです」
「む…」
「ましてやセルクはアルセリア皇女の婚約者です、見初めたというならば妹がという筈ですが皇帝陛下は余達がと言いました」
「…まさか帝国は皇家総出でお主の弟を囲い込むつもりなのか?」
「おそらくは、婚約者というのは皇配にする時の軋轢を避ける為の前段階でしょうね」
それになにより帰り際に皇帝から自分にだけ聞こえる様に言われた言葉、それがその考えを決定づけた。
“末長く頼むぞ?義兄上”
問い質そうと振り返った時には既に歩き去ってしまっていたが何を言いたかったは分かる、あの皇帝は本気でセルクを手にするつもりだ。
「皇帝陛下がそこまでセルクを欲するとは私も予想外でした、ですがそのお陰で図らずも帝国との関係はしばらく安泰と言えるでしょう」
「うむ、それにしても…」
陛下は頷きながらもしみじみとした声で思った事を口にした。
「あのヴィクトリアが男を求める姿…欠片も想像できんな」
「「確かに…」」
私の弟は予想をはるかに超えて成長した様だった…。